しかし、それにも拘らず、そういう話をする 子の、全身から発散するものは、一種名状
することの出来ない強烈な色気であった。それはとてもふつうの常識では判断することの
出来ぬ、いやらしい、おぞましいものだった。
金田一耕助はしかし、だんだんこの狂い咲きの妖よう花かの放つ強烈な芳香になれてく
ると、それをうとましいと思うよりも、相手の無智があわれになってきた。
「奥さん、あなたはしかし、どうしてそんなふうにお考えになるのですか。御主人が復讐
にかえっていらっしゃるなんて……」
「それは、……それはあたしが悪かったのでございますわ。主人がおとなしいのをよいこ
とにして、つい、粗末にしたものですから。……ねえ、先生、日ひ頃ごろおとなしいひと
ほどいったん決心すると、恐ろしいというじゃございませんか。あの、天銀堂事件の犯人
だって、やっぱり主人だったのじゃございますまいか」
「奥さん!」
金田一耕助がびっくりして、思わず息をはずませたときである。
「あら、奥さま、こちらにいらっしゃいましたの?」
と、真まつ紅かなイヴニングに真珠のネックレスをかけた、若い美しい女が入ってき
た。瘦やせぎすの、背の高い、姿のよい女である。
「ああ、菊江さん、なにか御用?」
話の腰を折られたので 子はいくらか不平らしかった。
「ええ、そろそろ占いがはじまりますから、あちらへいらしてくださいましって」
「ええ、すぐ参りますわ。菊江さん、あたしいまね、金田一先生に主人のことをきいてい
ただいてましたのよ。主人がやっぱり天銀堂事件の犯人じゃないかって」
菊江はちらっと耕助のほうへ眼配せすると、
「ええ、ええ、そのことなら、あとでいくらでも聞いていただくことが出来ますわ。で
も、いま占いのはじまる時刻ですから、……さあ、向こうへ参りましょうね」
と、やさしく 子の背中に手をかけて、
「金田一先生、あなたもどうぞ」
「はあ」
金田一耕助は菊江というこの女を、もっとよく観察したいと思ったが、そのとたん、電
気が消えてまっくらになってしまった。
「あら、困ったわ。こんなことなら懐中電気を持ってくればよかった」
「菊江さん、菊江さん、あたし、怖い」
「奥さま、大丈夫でございますわ。あたしがついているんですもの。それに金田一先生も
いてくださいますわ」
「金田一先生、どこへもいかないで、……そばにいて……あたし……あたし……」
「奥さん、ぼくはここにいますから大丈夫ですよ」
鼻をつままれてもわからぬような、暗くら闇やみのなかに突っ立ったまま、金田一耕助
はなんともいえぬ怪しい胸騒ぎをかんじずにはいられなかった。
美禰子の怖おそれるのは無理はない。この美しい徒あだ花ばなの狂気めいた幻想を利用
すれば、どんな恐ろしい犯罪だって計画されないことはない。そして、その計画はいまこ
の暗がりのなかで、着々として進められているのではあるまいか。……
「あれえ!」
突然また 子が悲鳴をあげて、ざわざわと衣ずれの音がきこえた。
「奥さま、奥さま、どうかなさいまして」
「誰か、……誰か、……二階を歩いているわ。主人の書斎を……」
菊江はちょっと黙っていたのち、
「奥さま、空そら耳みみですわ。いまごろ誰が二階へいくもんですか。金田一先生、何か
お聞きになりまして?」
「いいえ、何も聞こえませんよ」
「いいえ、いいえ、たしかに誰か主人の書斎から出てきましたのよ。ドアのしまる音がき
こえましたわ。それから足音も……」
だが、ちょうどそこへ女中のお種が懐中電気を持ってやって来たので、金田一耕助はそ
れきり二階の足音のことは忘れてしまった。
「すみません。だしぬけに電気が消えたので遅くなりまして。……おうちの時計、おくれ
ていたのでございますね」
灯がきたので 子もいくらか落ち着いたらしかった。
「お種さん、御苦労さま、さ、奥さま、参りましょう。金田一先生もどうぞ」
まっくらなので家の様子はよくわからなかったが、占いをするという部屋は、ずっと奥
のほうにあるらしい。途中までくると、美禰子が懐中電気をかざしながら追っかけてき
た。
「驚いたわ、だしぬけに電気が消えるんですもの、おうちの時計、五分おくれてたのね」
間もなく一同は占いをする部屋のまえまで辿たどりついた。
「金田一先生、さあ、どうぞ」
「はあ……」
金田一耕助はちょっとまごついた。それというのがそのときまで、かれはまだあの汗臭
いお釜帽を持っていたからである。
「金田一先生、さあ、どうぞ」
菊江にもういちどうながされて、金田一耕助は仕方なく、廊下にある花瓶にすっぽり帽
子をかぶせて、それからほの暗い占い部屋へ入っていった。