さて、この奇妙な道具の説明はこれくらいにしておいて、それではその夜、この砂占い
の席につらなったひとびとについて、いささか説明の筆をついやしておこう。
まず、正面に坐すわっているのは、今宵の司会目賀博士である。博士のうしろのカーテ
ンには、唐紙に水墨でかいた、支那の仙人みたいな絵がかかっているが、あとで聞くと、
この仙人は何か仙せんといって、乩卜をやるときにはこの仙人を呼び出すのだそうな。こ
の仙人をうしろにして坐っている目賀博士は、かれ自身蟇がま仙人みたいな顔をしてい
る。
さて、この蟇仙人を中心にして、向かって右側には あき子こ、左側には綿のように真白
な頭をした老人が坐っていたが、金田一耕助はひとめ見て、このひとこそ、その昔研究会
を牛耳って、貴族院のボスといわれた、玉虫公丸もと伯はく爵しやくであろうと推測し
た。
戦後のうちつづく打撃のために、玉虫もと伯爵もさすがに往年の意気はうしなっていた
が、それでもギロリと耕助を見やった眼には、人を人くさいとも思わぬ、冷酷非情な色が
うかがわれた。老人に似合わぬつやつやとした肌は、くすんだような卵色をしていて、右
のこめかみのあたりに、さすがに老齢を語る大きなしみが目についたが、それでも白い髭
ひげをみじかく刈りこんだところは、身だしなみがよく、キラキラ光る地の着物の襟に、
首にまいた黒い襟巻きのはしをはさんで、ゆったり椅い子すにもたれているのが、いかに
も殿様らしい感じであった。
さて、玉虫もと伯爵のつぎには、さっきあった新宮利彦、利彦のつぎには、たぶんかれ
の妻だろうと思われる四十前後の黒いドレスを着た貴婦人が、つつましくひかえている。
利彦の妻の華はな子こは、およそ 子と正反対の印象を、ひとにあたえる婦人である。年
齢はおそらく 子とそうかわりはないだろうが、 子にくらべると、たしかに十はふけてみ
える。容よう貌ぼうも 子みたいな異様な美しさはないが、さりとて醜いほうではなく、
しっとりと落ち着いた、柄の大きな、聡そう明めいそうな中年婦人である。しかし、ひと
め彼女を見て感じられるのは、いかにも人生にうみつかれたような救いがたいほどの倦け
ん怠たいの色である。
金田一耕助はひそかに彼女のとなりに坐っている、あの寸ののびた、それでいて酒色に
すさんだ利彦とくらべてみて、心ひそかに同情せずにはいられなかった。
さて、華子のつぎには息子の一彦、一彦のつぎには三島東太郎が坐っており、以上五人
が目賀博士と耕助をつなぐ線の、左側に席をしめているひとびとだった。
そして、一方その線の右側には、目賀博士のすぐ隣に、 子が坐っていることはまえにも
いったとおりだが、 子の隣には、世にこれほど醜い女があるだろうかと思われるような老
婆が坐っていた。おそらくこれが新宮家から、 子に付きそってきたまま居ついたという、
老女の信し乃のなのだろう。
醜いのもここまで極端だと気にならない。いや、むしろ芸術的でさえある。それに年齢
の錆さびが彼女の感情から、羞しゆう恥ちだの気取りだのという垢あかを洗いおとしてし
まったらしく、彼女自身、自分の醜いことも忘れたように、泰然として正面を切っている
ところが、見るものをして、むしろ畏い敬けいの念さえ催さしめる。とにかくこの女に
も、どこか人間ばなれのした非情なところがあった。
その信乃のつぎには、美み禰ね子こ、美禰子のつぎには菊江と、 子をまじえて以上四人
が、金田一耕助の右側に坐っており、女中のお種はその席にはつらならなかった。