子は恍惚として、遠く、はるかなところを見ながら、ふるえるような右手をあげた。そ
して、ひとさし指と中指と、薬指の三本をそろえると、それをそっと砂鉢のうえに架けら
れた、五本の放射竹のうちの一本の、はしのほうに触れた。
蟇仙人の禱いのりはいよいよ急ピッチになってくる。すると今度は美禰子が立った。美
禰子が立つのを見ると、すぐ一彦もそのあとから立ち上がった。ふたりとも 子にならっ
て、右手の指を三本そろえると、めいめい、自分のまえに突き出している、放射竹のはし
に触れる。
五本の放射竹のうちの三本は、こうして三人によって占められたが、まだあと二本の
こっている。その二本は東太郎と菊江のまえに突き出しているのである。ほとんど同時に
そのふたりが立って、同じように右手の指を三本そろえて、放射竹のはしにおいた。
金田一耕助はちょっと驚いた。 子や東太郎(東太郎のことはよく知らないから)は別と
して、美禰子や一彦、とりわけさっきクスクス笑っていた菊江などが、蟇仙人の呪じゆ縛
ばくにひっかかろうとは思えなかった。それにもかかわらず、かれらも神妙に、放射竹の
はしに指を三本おいたまま、眼を半眼にとじている。
こうして、五人そろうと目賀博士の禱りの声が、急にやわらかく、甘い調子になった。
それがまるで、赤ん坊の眠りを誘う子守り唄うたのような調子だった。
金田一耕助はそっと五人以外のひとびとの顔を見てまわる。すると、かれらの眼がいっ
せいに、放射竹の中心にある、あの朱塗りの円盤からぶらさがっている、金属製の錐きり
のさきにそそがれているのに気がついた。
かれらのすべてが、この占いに信用をおいているのかどうかわからない。しかし、少な
くともこの瞬間だけは、そこにいるすべてのひとびとの顔色に、一種の緊張の気がみな
ぎっているのに気がついた。
金田一耕助はふと、中世紀頃西洋で行なわれたという、悪魔の集会サバトのことを思い
出した。それほど、そのとき黒いカーテンの箱のなかには、一種異様な緊張の気がみな
ぎっていたのである。
と、ふいに誰かがすすり泣くような音を立てて、息をうちへひいた。見ると、あの錐が
ふわりと動いたのである。錐のうごきにつれて、砂のうえに小さな弧がえがかれた。錐は
いったんそこでとまっていたが、やがてまた生あるもののようにふわりと動いて、砂のう
えに、つづいて半円形をえがいた。
金田一耕助はすぐにこれが、日本のコックリさんと同じ原理であることに気がついた。
放射竹のはしにふれている、五人の男女の微妙な指の震動が、中心の円盤につたわって、
そこにぶらさがっている錐を動かすのである。
まえにもいったようにこの円盤のうちにも、放射竹の下部にも、いちめんにレールがつ
いているので、その範囲内でなら、錐はどの方向へでも自由に動くことが出来るのであ
る。そして、その錐の尖せん端たんが、砂のうえにえがいたかたちによって、蟇仙人の目
賀博士が、運勢判断をするのである。この場合は椿子し爵しやくの生か死かを。……
錐の運動はしだいに活発さを加えてくる。そして、砂のうえにはふたつ三つ、不規則な
半円や弧がえがかれたが、そのとたん、頭上のホーム・ライトが、スーッと暗くなったか
と思うと、あっという間もなく消えてしまったのである。
一瞬まっくらがりのなかに、ザワザワと動揺が起こる。誰かがひくく叫んで、身動きを
するような気配がかんじられた。金田一耕助はきっと緊張して、このあやめもわかたぬ闇
やみのなかの、ひとの動きに耳をすます。握りしめた両手の掌てのひらがじっとり汗だ。
しかしその動揺もすぐおさまった。蟇仙人が叱しかりつけるように、いちだん声をはげ
まして、祝詞の声をつづけたからである。そして、そのままこの奇妙な砂占いは、闇のな
かでつづけられたが、しばらくすると、ふいにパッと明るくなった。ホーム・ライトがつ
いたのではない。緊急停電の時間がきれて、しぜんと電気がついたのである。