金田一耕助はあわててあたりを見まわした。誰にも異常はなかった。みんなホーム・ラ
イトが消えるまえの姿勢のままである。金田一耕助はハンケチを出して、ほっと両手の掌
をふいた。
電気がつくとほとんど同時に、目賀博士は禱りの声をやめた。すると 子が放心したよう
に、ぐったりうしろの椅子にくずれる。老女の信乃がそれを抱いて、赤ん坊をあやすよう
に背中を撫なでている。ほかの四人もそれぞれ席についたが、みんな疲れきったような顔
をして、額に汗をにじませている。
目賀博士はふたこと三言、口のなかで最後のお禱りのようなことばを呟つぶやくと、や
がて、やおら立って砂のうえをのぞきこんだ。金田一耕助も腰をうかして、皿の中央に眼
をやった。
錐はもう砂のうえにピタリと静止していたが、そこには奇妙なかたちがえがかれてい
た。
それはさきのとがった楕だ円えん型で、楕円の周囲からは焰ほのおがもえあがるような
線が、いちめんに出ている。それが金田一耕助に、雅楽に使用される火か焰えん太だい鼓
こを連想させた。
「ああ、これはまるで火焰太鼓みたいですな」
金田一耕助はそこで、思ったとおりのことを呟いたが、するといままで不思議そうに、
砂のうえをのぞきこんでいた目賀博士が、弾かれたように顔をあげて耕助を見た。その眼
にはなにかしら、一種異様なおどろきのいろがかぎろうている。
目賀博士はそれからまた、砂のうえに眼を落とすと、しばらく喰くいいるように、火焰
太鼓を見ていたが、やがてソワソワと 子を見、老女の信乃と眼を見交わすと、ふりかえっ
て、玉虫もと伯爵や新宮利彦の顔を見た。
金田一耕助はそれによってはじめて、玉虫もと伯爵や新宮利彦、それから老女の信乃た
ちが、目賀博士に負けず、劣らず、大きなおどろきに打たれていることに気がついたので
ある。
かれらもまた、喰いいるように、砂のうえにえがかれた、この不思議なもののかたちを
視みつめている。いやいや。おどろいているのはかれらばかりではない。美禰子や一彦、
それから一彦の母の華子さえも、びっくりしたような眼をして、砂のうえを視つめてい
る。
驚いていないのは、東太郎と菊江のふたりだけだった。かれらはむしろ、みんなが驚い
ているのに面喰らった格好で、眼をパチパチとさせている。
ふいに玉虫もと伯爵が、スックと椅子から立ち上がった。老人は怒りにみちた眼まな差
ざしで、ひとりひとり顔を見ていきながら、
「だ、誰だ! こんな悪戯いたずらをしたのは!」
しかし、誰もそれに答えないまえに、観音びらきのドアをはげしく外からノックするも
のがあった。東太郎が立ってカーテンを少しひらき、ドアを細目にあけて誰かと話しはじ
めた。外へ来ているのは女中のお種らしかったが、ヒステリーを起こしたように、なにか
早口にしゃべっている。
東太郎はそれを聞くと、びっくりしたように廊下に首を出し、なにかを聴きすましてい
るふうだったが、やがてさっとカーテンをひきしぼり、観音びらきのドアを開け放した。
と、そのとたん、部屋のなかにいたひとびとが、ひとり残らず総立ちになった。