「議論は議論として、この事件では現場はたしかに密閉されていたんですぜ。この連中、
いや、失礼、このひとたちが噓うそをついているのでないとしたら。……」
「なんじゃあ、わしが噓をついとるウ……」
ここにいたって蟇がま仙人は、怒り心頭に発したらしい。口から蟇の妖よう気きのよう
なあぶくをぶつぶつ吐きながら、
「わしがなんで噓を吐くんじゃ。なんで噓をつかねばならんのじゃ。わしはさっきからい
うとる。この部屋が密閉されておろうとおるまいと、人殺しがあったことにゃ変わりゃせ
んと。それになんで噓をつく必要があるというんだ」
目賀博士は闘志満々である。警部にくってかかる声が、密閉された部屋にがんがんひび
く。金田一耕助は背中を叩たたいて、
「まあまあ、先生、警部さんがああおっしゃったのは言葉の綾あや、つまり語調を強める
ためで、誰も先生の言葉を疑ってなんかおらんですよ。ときに三島君」
「はあ」
さっきから途方に暮れたような顔をして、手持ち無ぶ沙さ汰たにひかえていた三島東太
郎は、だしぬけに声をかけられて、びっくりしたように振りかえった。
「ぼくはまだ聞いておらんのだが、いったい誰が最初にこの事件を発見したんですか」
「それは菊江さんです」
「菊江さんがどうして……いや、そのことはあとであのひと自身から聞くとして、すると
菊江さんがこの事件を発見して、君たちに報しらせたんですね」
「そうです、そうです、菊江さんはあの換気窓になってる欄らん間まから、部屋のなかを
覗のぞいたんです。それでびっくりしてぼくを起こしに来たんですが……御存じのよう
に、この家のなかで男といえばぼくひとりです。新宮さんの一家は別棟に住んでいらっ
しゃるものですから……ぼくも話を聞いてびっくりしました。それですぐ跳び起きて、こ
の部屋のまえまでくると、なにしろ扉があかないものですから、菊江さんと同じように台
のうえへあがって、欄間からなかをのぞいたんです」
「すると、そのときこの部屋には、電気がついていたんですね」
「ええ、そう、だから菊江さんにも、なかの様子が見えたんじゃありませんか」
「ああ、なるほど。ところでそのとき君は、すぐこれを殺人事件だと思いましたか」
「とんでもない。あなたもあとで欄間から覗いてごらんになるとわかりますが、あのとお
り狭くて首が入らないものですから、部屋のなかのほんの一部分しか見えないんです。そ
のとき私に見えたのは、床のうえにひっくりかえっていらっしゃる、玉虫の御前の脚のほ
うだけでした。頭のほうは見えなかったんです。それから菊江さんの注意で砂占いのほう
を見たんです。すると、そこに血らしいものがいっぱい……」
「そのとき君は、この奇妙な紋章に気がつきませんでしたか」
「さあ。……」
東太郎はちょっと考えて、
「気がつきませんでした。あの欄間からじゃこの砂鉢の一部分しか見えないので……それ
に何しろ動どう顚てんしてたもんですから。……」
「そのとき、菊江さんはなんといいましたか」
「きっと酒を飲みすぎて、脳のう溢いつ血けつを起こしたにちがいないというんです。ぼ
くもそうだと思いました。そこでお種さんを起こして、目賀先生を呼びにいってもらった
んです」
「目賀先生は、どちらにおやすみでしたか」
金田一耕助はべつに底意があって、そういう質問を切り出したわけではなかったけれ
ど、それを聞いた刹せつ那なの東太郎の表情こそ観み物ものであった。真まつ赧かになっ
てもじもじしているその顔色には、世にも切なげなものがあった。