日语学习网
第八章 風神雷神(5)_悪魔が来りて笛を吹く(恶魔吹着笛子来)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

「つ……椿子爵ですって?」

 金田一耕助はひくい声で呟つぶやいた。目賀博士はしかしこともなげに、

「夢じゃよ、幻じゃよ。蜃気楼じゃよ。お種は子爵思いだったからな。ひょっとするとひ

そかに胸を焦こがしていたのかも知れんて」

「しかし……しかし……お種さんはたしかに見たといってますよ」

 と、三島東太郎は腹立たしげに、蟇仙人の横顔をにらみつけながら、

「それにお種さんばかりじゃない。奥さんやお信乃さんも……先生はかくしていらっしゃ

るが、ぼくはお種さんに聞いたんです」

「 子奥さまやお信乃さんも、椿子爵、あるいは椿子爵らしい人物を見たというんですか」

 金田一耕助はいよいよ激しい胸騒ぎをおぼえる。警部はまるで嚙かみつきそうな顔をし

て、目賀博士と東太郎の顔を見くらべていた。

 東太郎は暗い眼をしてうなずくと、

「それで奥さんがまた発作を起こされて……だから昨夜はあっちもこっちも大騒ぎだった

んです」

 目賀博士はもう何もいわなかった。

 金田一耕助は沸り立つ胸をおさえて、

「なるほど、なるほど。そのことはしかし、あとでお種さんやお信乃さんに聞いてみるこ

とにしましょう。それで新宮さんはこっちへ来られたんですね」

「ああ、そう、そこでわしが様子がすこしおかしいから、すぐ警察へとどけるようにゆう

たんじゃが、新宮さんはどうしても肯きき入れん。まだ死んだものとはっきりしてるわけ

のものじゃなし、呼吸があるなら一刻も早く介抱したらよかろう……とあの仁としては珍

しく筋のとおった話じゃ。それに、この家としてはなるべくなら、警察沙ざ汰たにはなり

たくないじゃろと思うたから、わしも扉をぶち破ることに同意した。そこで三島君が物置

きへ薪まき割わりを取りに走ったのじゃ」

「それで扉をぶち破ったんですね。ところで、そこから手をつっ込んで、掛け金や閂かん

ぬきをはずしたのは……」

「はじめにわしが手をつっ込んだ。しかし、何せ狭いすきまじゃで、なかなかうまく外れ

ん。そばで見ていた美禰子さんが気をいら立って、わたしが代わるというので代わっても

ろたが、あの娘にも外すことが出来なんだ。そこで、三島君がもういちど薪割りをくれ

て、すきまをひろげ、そこから手をつっ込んで外しよった。そうだったなあ、三島君」

 東太郎が無言のままうなずいた。

「そこであなたがとび込まれたわけですが、そのとき椅子の状態やなんかは……」

「金田一さん、それゃ無理じゃよ。わしだって犯罪現場に手をつけてはならんちゅうくら

いのことは心得とる。しかし、何しろそのときはみんな昂こう奮ふんしとったで……とに

かく、カーテンをめくってわしが一番にとびこんだのじゃが、とたんに椅子につまずいて

ひっくりかえった。そういう状態じゃで、誰が何にさわったか、さわった人間自身でもお

ぼえてはおらんじゃろ」

「いったい、誰と誰とがこの部屋へ入ってきたんですか」

「みんなじゃ」

「みんなというと……?」

「わしと三島君、菊江さんに美禰子さん、新宮家の三人、女中のお種……奥さんとお信乃

さんをのぞいたみんなじゃ。もっとも、すぐ気がついて、女たちは外へ追い出した

が……」

「ところで、この紋章に気がついたのは、いつのことでしたか」

「さあて……おお、そうそう、新宮さんと三島君が何やらごちゃごちゃやっているんで、

なんのことじゃろと思うてそばへやってきて、はじめてわしも気がついたんだが……」

 金田一耕助は東太郎のほうへ向き直った。


分享到:

顶部
11/28 22:01