「君が新宮さんとごたごたやっていたというのは……?」
「それは、あの……こうなんです」
東太郎はどぎまぎしながら、
「新宮さんはあとでそうじゃないといってましたが、ぼくにはあのひとがその紋章……と
いうんですか、それを消そうとしているらしく思われたんで、それで止めたんです」
「新宮さんがこの紋章を……すると、君もそのときすでに、これに気がついていたわけで
すか」
「いえ、あの、そうじゃありません。ただ、新宮さんの素振りがおかしいんで……あのひ
としきりに砂鉢の砂をいじっているんです。それもわざとさりげなくやってるような振り
をして……そんなことしちゃ、あとで警察のかたがやって来て、調べるときにいけないん
じゃないかと思って、止めようとすると、いきなり砂を握って、投げつけようとするんで
す。それでぼくがとんでいって、その手をおさえたんですが、そのときはじめてぼくも、
その紋章に気がついたんです」
「なるほど。それで新宮さんはいろいろ言い訳をなすったわけですね。それから……?」
「いえ、あの、そのとき奥さまの悲鳴がきこえてきたんで、……つまり、あの、椿子爵ら
しいひとの影を見られて、発作を起こされたわけです。それで、目賀先生や新宮さんはそ
のほうへとんでいかれたんです」
「みんな、そのほうへいったんですか」
「いえ、あの、ぼくと菊江さん、一彦さんとお種さんはここに残っていました。すると、
しばらくして、美禰子さんがやってきて、すぐ警察へ電話をかけてくれとおっしゃるの
で……だから、菊江さんが最初ぼくを起こしにきたのは三時ごろだったんですが、警察へ
お報しらせしたのは四時を過ぎていました」
金田一耕助はもっと訊たずねることはないかと考えたが、べつに思いつくこともなかっ
たので、さっきから気になっていた床の仏像を拾いあげた。それは木彫りの像で、どっぷ
り血にそまっているが、手にとってみて、すぐそれが雷神であることに気がついた。
「これはいつもここにあるんですか。昨夜占いをやってるときに気がつかなかったが、か
えりにこの部屋をのぞくと、そちらの台のうえにのっかっていたようだが……」
「ええ、いつもこの部屋においてあります」
東太郎がこたえた。
「しかし、これは雷神でしょう。そうすると風神と対ついになっていなければならん筈は
ずだが、ここにはこれひとつしかないんですか」
「さあ……ぼくが知ってるところでは、それだけのようですが、先生は御存じですか」
「さあ……わしもそれだけしか知らんな。それは対になってるもんかな」
「そう風神雷神といってね」
金田一耕助は雷神の首をにぎって持ってみる。まえにもいったように、それは高さ一尺
二、三寸、台座の直径三寸くらい、大きさといい重さといい、なるほど手て頃ごろの凶器
だった。
金田一耕助はそれをおいて、ハンケチで手をふきながら、
「警部さん、じゃここはこれくらいにして、応接室でほかのひとたちの話を聞きましょ
う。ここでは御婦人がたになんですから」
部屋を出ると金田一耕助は、廊下にある台をひきよせて、そのうえにあがってみた。そ
の台というのは昨夜かれが、帽子と取っ組みあいをやったあの花瓶のおいてあった台であ
る。なるほどその欄らん間まからでは、部屋の一部しか見えなかったが、それでもいろい
ろと眼の位置をかえてみると、砂鉢のうえに描かれた、あの悪魔の紋章がはっきり見え
た。