「玉虫の御前の殺された部屋ですがね。あなたは欄らん間まからあの部屋をのぞきました
か」
お種は首を横にふって、
「いいえ、あたし、怖くって、そんなこと……」
「それじゃ、誰と誰がのぞいたか、御存じじゃありませんか。いまのところ、目賀博士と
三島君、それに菊江さんがのぞいたことはわかっているんですがね」
「はあ、あの、美み禰ね子こお嬢さまと一彦さまが、のぞいていらっしゃったようでし
た」
「新宮さんはどうですか。あのひとはのぞかなかったのですか」
「あのかたは……あのかたはとても臆おく病びようなかたですから……あたしより、よっ
ぽど臆病でいらっしゃいますわ」
新宮もと子爵に関する限り、お種は美禰子と同意見らしい。そのひとの名を口にすると
き、こわ張った彼女の頰ほおが、嫌悪のためにはげしくふるえた。
「いや、有難うございました。それではこれで……」
「はあ」
お種は光のない眼を耕助のほうに向けながら、ものうげに立ちあがると、
「あの、どなたかお呼びするのでしょうか」
「いや、ちょっとこちらで相談したいことがありますから、用事があればあとで誰かに
いってもらいます」
「はあ」
お種はていねいにお辞儀をして出ていきかけたが、応接室の入り口までくると、そこで
彼女は釘くぎづけになってしまったのである。そのとき、あわただしく入って来た刑事
の、手にしているものが異様にお種を惹ひきつけたらしい。刑事について、ひきずられる
ように二、三歩ふらふらと部屋のなかへ戻ってきた。
「警部さん、警部さん、こんなものが庭の奥の防空壕ごうのなかに落ちていたんですが
ね。こんどの事件に関係があるのかないのかわかりませんが。……」
それは長さ一尺あまり、幅二寸五分くらいの、古びた皮のケースだった。警部が手に
とってひらいて見ると、なかは空からでなにもはいっていなかった。
「金田一さん、これ、なんのケースでしょうね」
「さあ。……」
金田一耕助が手にとろうとするところへ、
「あの、ちょ、ちょっと拝見……」
息をはずませて、割りこんできたのはお種である。お種は異様にふるえる手で、ケース
をいじくっていたが、やがてわなわなと唇をふるわせながら、
「これは……これは……フルートのケースでございますの。そして、あの、美禰子さまか
一彦さまに見ていただけば、もっとはっきりしたことがわかると思いますけれど、これ
は……これは……たしかに旦那様の黄金のフルートのケース……」
「フ、フルートのケースですって? だって、フルートというものは、もっと細長
い……」
「いえ、あの、フルートは三つの部分に分解出来るのでございます。そして、こういう
ケースにうまく納まるようになっておりますので……」
「それじゃ、これは椿子爵のフルートのケースに違いないというんですね」
ひったくるようにそのケースを受け取った等々力警部は、もういちど蓋ふたをひらい
て、なかをいじくっていたが、ふいにその眼が大きく見ひらかれた。血管がむくむくと怒
張し、頰の筋肉がはげしく痙けい攣れんする。しばらくかれは化石したような表情でケー
スのなかをみつめていたが、急にばたんと蓋をすると、深呼吸をするように、深くいきを
うちへ吸いこみ、それからお種のほうをふりかえった。
「い、いや、お種さん、有難う、そ、それじゃ君は向こうへいってくれたまえ」
「あの、美禰子お嬢さまか一彦さまをお呼びいたしましょうか」
「いや、い、いいんだ。いいんだ。いずれ、あとで、来てもらうが、とにかく、君は、向
こうへいっててくれたまえ」
お種のすがたが廊下へ消えると、金田一耕助がやにわに警部のそばへすりよって、その
手をおさえた。
「け、警部さん、な、何かあったんですか。そ、そのケースのなかに。……」
警部はもう一度大きく深呼吸をすると、力強くうなずいてケースをひらいた。
「ケースの裏にはってあるきれのしたから、……こんなものが出てきたんだ」
警部がつまみ出したのは、ダイヤモンドをちりばめた黄金製の耳飾りイヤリングの片方
だった。金田一耕助は思わず大きく眼を見張る。かれにはまだその耳飾りが何を意味する
のかよくわからなかったが、つぎの瞬間、警部がケースを見付けてきた刑事に、つぎのよ
うに命令するのを聞いたとき、かれはまるで、脳天から真赤に焼けた鉄てつ串ぐしでもぶ
ち込まれたような、大きなショックに全身をふるわせたのである。
「沢村君、君はこれからこの耳飾りを持って、銀座の天銀堂へいき、ひょっとするとこれ
は一月十五日の事件のときに、盗まれた品のひとつじゃないか聞いてきてくれたまえ。但
ただし、まだ出所はいうんじゃないぞ」