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第十章 タイプライター(2)_悪魔が来りて笛を吹く(恶魔吹着笛子来)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 警部が昂こう奮ふんするのも無理ではなかった。あの耳飾りが天銀堂事件の際の贓品だ

とすれば、すべては根本からひっくりかえってくるのではないか。ひょっとすると警視庁

は、たくみに擬装された椿子爵のアリバイに、ひっかかったのではあるまいか。そうなる

と、当然問題になってくるのは椿子爵の自殺だ。あれもまた椿子爵の大手品、一大ペテン

だったのではなかろうか。子爵はああしてたくみに自己抹殺をしておいて、いまもなおど

こかに生きているのではあるまいか。

 金田一耕助はゾーッと背筋が寒くなるのをおぼえる。ああ、もしそのようなことがあっ

たとすれば、健全なひとびとの常識や判断はすべて敗北し、あの狂い咲きの妖よう花かの

ような、 あき子こ夫人のあやしい幻想と直感のみが、正しかったということになるのだ。

「しかし、椿子爵は……」

 と、しばらくして耕助は警部のほうをふりかえった。

「なんだってアリバイを申し立てるのに、そんなに躊ちゆう躇ちよしたんです。どんな事

情があったにせよ、天銀堂事件の犯人と目されるよりは、よほどましだと思いますがね」

「そう、だからわれわれも怪しいと思ったんだ。しかし、子爵の口ぶりによると、何か複

雑な家庭的事情があったらしい。関西にいってたこと、ことに須磨にいたことは、絶対に

秘密にしてほしいといっておった。いや、絶対に秘密を守るという条件のもとに、はじめ

て関西旅行をうちあけたんです」

「しかし、いかに複雑な家庭事情があるにせよ。……」

「そう、いまにして思えばそうも考えられる。畜生っ、それじゃあれが手だったのか」

 警部はまたいらいらとハンケチで、額の汗をぬぐいはじめる。

 金田一耕助はそれには答えず、あいかわらず部屋のなかをいきつもどりつしながら、

「ところで、警部さん、密告状というのはいまでも警視庁に保存してあるでしょうね」

「むろん、とってあります」

「すると、どうでしょう。もし、密告者がこの家のものだとすれば、その密告状からつき

とめることが出来やあしませんか。筆ひつ蹟せきやなんかから」

「いや、それはむずかしい。と、いうのはそれは書いたものじゃないんです。タイプで

打ったものなんです」

「タイプで……」

 金田一耕助は思わず大きく眼を見張った。

「まさか、英文じゃないでしょうね」

「英文じゃありません。ローマ字ですがね」

「警部さん、いちどそいつを見せていただきたいのですが……」

「いつでも。──警視庁へいらっしゃれば、いつでもお眼にかけます」

 そこへあわただしい足音がきこえて来たので、ふたりはぴたりと口をつぐんで、ドアの

ほうをふりかえった。

 とび込んで来たのは美禰子である。お種から話を聞いてきたと見えて、白はく蠟ろうの

ように血の気をうしなった美禰子の瞳めは、とがって、うわずって、ふるえていた。

「金田一先生!」

 美禰子はガタガタと歯を鳴らし、押しへしゃがれたような声で、

「お父さまのフルートのケースが見つかったんですって?」

 それから美禰子はテーブルのうえに眼をやると、

「ああ、それなのね」

 と、断わりもなしに部屋のなかへとび込んでくると、ひっつかむようにフルートのケー

スを取りあげて、わなわなとふるえる手で調べていたが、やがて、

「ああ!」

 と、全身から絞り出すような呻うめき声をあげ、どしんと音を立てて椅い子すに腰をお

ろすと、両手でひしと顔を掩おおうた。


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