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第十一章 肌の紋章(2)_悪魔が来りて笛を吹く(恶魔吹着笛子来)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

「そうそう、警部さん」

 金田一耕助はあたりを見廻してから声をひそめた。

「部下のひとたちに命じて、さがしていただきたいものがあるんですがね」

「なにを……ですか」

「あの雷神と対ついになってる風神ですがね」

 警部はちょっと驚いたように、耕助の顔をふりかえって、

「しかし、金田一さん、風神のほうは去年の夏、泥棒が持っていったと……」

「いいえ、警部さん、ぼくにはそれがおかしいんですよ。雷神のほうを捨てて、なぜ風神

だけ持っていったか、いやいや、雷神を捨てていったからには、風神だって捨てていった

にちがいないです。とにかくぼくには最近まで、いや、昨夜まで、風神もたしかにこの家

に、あったように思われてならんのですよ」

 警部はだまって耕助の横顔を視みつめていたが、耕助はそれ以上は黙して語らなかっ

た。警部は肩をゆすって、

「よろしい。探させて見ましょう」

「お願いします。しかし、家人には何をさがしているのか覚られないように。……」

 しかし、その風神はずっとのちまで発見されず、発見されたときにはすでに遅過ぎたの

である。

 そこからもとの応接室へかえる途中に、ガラス張りの温室がたっている。この温室は、

半分地下へ掘りさげてつくったもので、地上に出ている部分はそれほど高くはなかった

が、広さはかなりあって、幅一間半、長さ四、五間もあろうという鰻うなぎの寝床みたい

な建造物だった。通りすがりにガラス越しになかをのぞいてみると、ちょうど地面と同じ

くらいの高さにある棚のうえに、いちめんに小さな鉢がならんでおり、また天井からも

ぎっしりと赤い、小さな素焼の鉢がぶらさがっていた。そして、その鉢のむこうに、作業

服を着た人影がうごいているのが見えた。

 その人影はふたりの姿を見ると、すぐ横についている、せまい窮屈なドアをひらいて、

上半身をのぞかせた。

「何か御用ですか」

 それは三島東太郎だった。植物の世話をしていたと見えて、手に木き鋏ばさみを持って

いる。

「いや、ちょっと通りかかったものだから。……何んだか珍しそうな植物ですね」

 耕助が身をかがめて、東太郎の肩越しにドアのなかをのぞくと、むっとするような温気

とともに、青臭い頭の痛くなるような植物の匂においが強く鼻をついた。

「ええ、蘭らんと高山植物です。蘭は食虫蘭がおもですが、なかなか珍しいものがありま

すよ。ごらんになりますか」

「いや、今日は忙しいからこんどにしましょう。どなたの御趣味なんですか」

「亡くなられた子爵が蒐しゆう集しゆうされたんですが、いまでは一彦さんがうけつい

で、世話をしていらっしゃいます。ぼくもときどきお手伝いをするんです。いま蘭に蜘く

蛛もをやったんですが、いささか気味が悪いですね」

 金田一耕助は東太郎の顔を見て、

「ときに三島君、君にちょっと訊ききたいことがあるんですがね」

「ああ、そう、ちょっと待ってください」

 東太郎は入り口にそなえつけてある水瓶で手を洗うと、すぐ右手に軍手をはめ、それか

ら、よっこらしょと地上へ出てきた。

「どういうことですか。お訊たずねになりたいというのは……?」

「この春、一月のことですがね。椿子爵は旅行されたでしょう。その旅行からかえって間

もなく、君に宝石の売りさばきについて相談されたということだが、ほんとうですか」

 東太郎は顔色をくもらせて、

「そのことなら、あの当時も、警視庁へ呼び出されて訊かれたんですが、たしかにそんな

御相談がありました。しかし、子爵は結局お売りにならなかったんです。奥さんが御承知

なさらないからって」

 金田一耕助は等々力警部と顔見あわせた。


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