金田一耕助と等々力警部は顔見あわせる。新宮利彦はこの家のほとんどの人間から排撃
されているようだ。それはただたんに、道楽者で意気地がないためだけだろうか。
「それで……?」
「いいえ、わたくしの話はただそれだけです。それからすぐに警察へ電話をかけることに
して、わたくしどもは、あなたがたのお見えになるのをお待ちしていたのです。では、こ
れで、…… 子さんが気になりますから」
信乃が立ちあがりそうになるのを、金田一耕助はあわてて押しとめて、
「ああ、ちょっと。もうひとつお訊ねがあるんですがね」
「はあ、どういうことでしょう」
「昨夜、砂占いのときに現われた変な紋章ですね。火か焰えん太だい鼓こみたいな。……
あれにはどういう意味があるんですか」
「存じません」
信乃は言下にきっぱり答えた。
「でも、あのとき、ひどく驚いていられたようですが」
「それは誰だって驚くでしょう。あんな変なかたちが、判でおしたように出て来たんです
もの。では、これで失礼しますよ」
信乃は椅子から立ちあがると、悠々として部屋から出ていった。まったくそれは取りつ
くしまもないほど、威厳にみちた態度だった。
ところが、その信乃の姿がまだドアのむこうへ消えてしまわないうちに、廊下のはしか
ら太い濁だみ声と、荒っぽい足音がどたばたと近づいてきた。濁み声はたしかに新宮利彦
である。信乃はギクッとしたように立ちどまって、そのほうを見たが、やがて足早に反対
のほうへ消えていった。
そのあとへとび込んできたのは新宮利彦である。利彦はひどく酔っぱらっているらし
く、髪が乱れ、瞳めがギラギラ光っている。おまけに上着もワイシャツも着ておらず、ズ
ボンに薄い合いシャツ一枚だった。
利彦はギラギラ脂あぶらのういた眼で、警部と金田一耕助を視つめていたが、やがてに
やっと不潔な笑いをうかべると、ふたりの見ているまえでシャツを脱ぎはじめた。
「あなた、あなた、そんなことをなさらなくても、ただ口でおっしゃれば……」
あとからとび込んできた妻の華はな子こが、あわててとめようとするのを、利彦は邪じ
や慳けんにつきとばして、
「うるさい、黙ってろ! どうせ婆あが告げ口しやあがったにちがいないんだ」
と、シャツを脱いでしまうと、よろよろとふたりのまえへやってきて、
「おい、君たち、いま、お信乃から聞いたろう。さあ、よく見たまえ、これが悪魔の紋章
だ」
あっけにとられているふたりのまえへ、くるりと背をむけた利彦の瘦やせて骨ばった左
の肩には、なんと、火焰太鼓のかたちに似た、うす紅あかい痣あざがありありと浮びあ
がっているのではないか。