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第十二章 YとZ(3)_悪魔が来りて笛を吹く(恶魔吹着笛子来)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

「しかし、ぼくはじっさいびっくりしていたんだ。いや、ああいうかたちが砂のうえに現

われたというそのことばかりじゃなく、それを見たあの連中の驚きようにびっくりしてい

たんだ。びっくりしたというよりも、気をのまれてしまったんだ。それでつい、いいそび

れているうちに、あのレコードが鳴り出したものだから。……」

 金田一耕助はうなずいて、

「人殺しがあったあと、あなたが砂鉢のうえにえがかれた、あの紋章を消そうとしたの

も、やはり同じ理由からですか」

「もちろん、そう。じっさい、あのときぼくはすっかり気が顚てん倒とうしていたんだ。

人殺しのあった現場に、自分の肌にある痣と、同じかたちが血でえがかれている。……ぼ

くにはその理由はわからなかった。いや、いまもってわからない。しかし、宵に起こった

あの出来事といい、なにかしら、恐ろしい災難が自分の身に、ふりかかって来そうな気が

してならなかったんだ。それでつい、揉もみ消そうとしたんだが……いまになって見る

と、愚かな行動だったことはぼくも認める」

 金田一耕助はだまって立ち上がると、袴はかまの両腰に手をあてて、部屋のなかを歩き

ながら、

「ところで……失しつ踪そうされた椿子し爵しやくの亡なき骸がら、……いや、椿子爵と

信じられていた亡骸が、身につけていた手帳のなかに、あなたのその痣と同じかたちが書

いてあって、そのそばに、悪魔の紋章という注意書きがしてあったということですが、そ

のことはあなたも御存じでしょう」

 利彦は憎悪と怒りにかがやく眼を、耕助のほうにむけながら、不ふ承しよう不ぶ承しよ

うにうなずいた。

「あなたはそのことについて、どうお考えになりますか」

「どう考えるにも、ぼくには……ぼくには……さっぱりわからん」

 利彦は咽の喉どにからまる痰たんを吹っ切るように、はげしく空から咳せきをしなが

ら、

「ぼくにはあいつが……英ひで輔すけのやつが気が狂ってたとしか思えん。それとも、あ

いつの眼には、このぼくが悪魔のようにうつっていたのか。……」

 利彦は咽喉の奥で、やけくそな笑い声を立てたが、その笑い声は逆にベソを搔かいてい

るようにしかひびかなかった。

 耕助はちらと素速く等々力警部のほうに眼をやりながら、

「何か心当たりがありますか。椿子爵がそれほどまでに、あなたに敵意を持っていたとい

うことについて。……」

 利彦の顔にまた蒼あおぐろい怒りの色が燃えあがる。

「そのことについちゃ、あんたもすでに知ってるはずだと思うんだがね。うちのものに訊

きいてみれば、ぼくと英輔とのあいだが、どんなふうだったかすぐわかるはずだ。ぼくと

あいつはうまがあわなかった。ぼくは嫌いなんだ。あの男が……」

「どういう理由で……」

「嫌いなものに理由もなにもあったものじゃない、あいつが あき子こと結婚したときか

ら、ぼくはあいつが嫌いなんだ。ぼくたちは一度だって兄弟らしい口を利きいたことはな

かった。とにかく虫が好かないんだ」

 利彦のキイキイ声のなかには、どこかねつい、子供が駄々をこねて地団駄を踏むよう

な、或あるいはギリギリと歯ぎしりをするような、一種、異様なヒステリックなひびきが

あった。

「あなた、あなた……」

 華はな子こが気を揉もんでうしろから注意するのを、利彦は邪じや慳けんに振り切っ

て、

「いいさ、構うものか。こんなこと、おれが隠していたところで、どうせほかの連中が

しゃべっちまうんだ。しかし、それだからって、おれはなにも、あいつに悪魔とよばれる

理由はない。あいつこそ、英輔こそ、おれの財産を横よこ奪どりしてたのも同じじゃない

か」

「椿子爵があなたの財産を横奪りしていたというのは……?」

「そうじゃないか。本来ならば、当然おれのものになるべき財産の多くが、 子のやつに譲

られたんだ。その 子と結婚したあいつは、取りもなおさず、ぼくの財産を横奪りしようと

したも同様じゃないか」

「あなた、あなた、そんなさもしいこと……」

「さもしい……? 何がさもしいんだ。ほんとうのことじゃないか。これは。……しか

し、英輔のやつは意気地がなかったから、結局その財産を、自由にすることは出来なかっ

たけれどな、あっはっは!」

 利彦のとげとげしい笑い声をきいて、ああ、そうだったのかと、金田一耕助は改めて相

手の顔を見直した。利彦の椿英輔に対する憎悪は結局、そこに端を発しているのか。も

し、そうだとすれば、それはうまがあわないとか、性格の相違とかいうものではなかった

であろう。 子と結婚した男は、それが椿英輔であろうがなかろうが、利彦から同じような

憎悪と、迫害に見舞われなければならなかったにちがいない。


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