「なるほど、しかし、それだからといって椿子爵が、あなたのことを悪魔呼ばわりをする
のは、いささか常軌を逸しているとお思いになりませんか」
「むろん、ぼくもそう思う。だから、さっきもいったように、あいつは気が狂っていたに
ちがいないんだ」
「気が狂っていたか、それとも、あの火か焰えん太だい鼓このようなかたちには、あなた
の痣あざとはまたちがった、べつの意味があったか……」
利彦と華子はどきっとしたような眼で耕助を視みる。等々力警部もさぐるような眼で、
耕助の顔色を視まもっている。
金田一耕助はゆっくりと部屋のなかを歩きながら、
「そうとでも考えなければ、昨夜のあの占いの席における、玉虫の御前やその他のひとた
ちの、あの驚きかたは説明がつきませんね。新宮さんの肩に奇妙な痣がある。それと同じ
かたちが、思いがけなく砂のうえに現われた。ただそれだけのことで、あのひとたちは、
どうして、あんなにびっくりしたのか。いやいや、びっくりしたばかりじゃない。いま新
宮さんもいわれたとおり、たしかにあのひとたちは怖おそれていた。何者かを怖れていた
んです。それには、何か理由があるにちがいないが、そういう痣を持っていらっしゃる、
新宮さん自身にその理由がのみこめないとすれば、何かもっとべつの意味があるとしか思
われません。それと同時に、椿子爵の手帳のなかに書きのこされていたあの形も、新宮さ
んの痣を意味するのではなく、もうひとつ別の、新宮さんも御存じのない意味のほうを指
さしていたのかも知れません」
ちょっと短い沈黙が、部屋のなかに落ちこんだ。金田一耕助は袴はかまの腰に両手を
やったまま、無言で部屋のなかを歩きつづける。新宮利彦は不安そうに、怯おびえたよう
な眼の色をし、上眼づかいに耕助の動きを視まもっている。
「あの……」
ふいに切なそうな声をあげたのは華子だった。華子も不安に蒼あお白じろんだ顔を、ね
じ切れるように歪ゆがめながら、
「そのことについて、わたしどもも、今朝、主人と話をしたんですが」
「はあ……」
「あの形は、誰かが主人に罪をきせるために、わざとああして血で書きのこしていったん
じゃございますまいか。主人が伯父さまをなにして、そのあとへ自分の印をつけておいた
というふうに思わせるために。……」
「そう。そのことはぼくも考えました。そして、それだと、あの砂のうえに捺おされた火
焰太鼓には、別にかくれた意味などなく、御主人の痣を指していることになって、事件は
却かえって簡単なんですがね。しかし、それでは納得がいかないのは、昨夜のあの占いの
席における、皆さんのあの驚きかたなんですよ。あのときには、まだ人殺しなんか起こっ
てはいなかった。それにも拘かかわらず、あの紋章に皆さんがあんなにも大きな驚きと怯
えを示したというのは、そこになにかべつの意味があるとしか思えないんですがね。それ
とも……」
耕助はおだやかに微笑をふくんで、
「あのひとたちに、何か、新宮さん御自身や奥さんにもお気付きにならないことで、新宮
さんを怖れなければならないような理由があるんでしょうかねえ」
「はあ、あの、それはどういう意味で……」
「例えばですね」
金田一耕助は悪戯いたずらっぽく眼で笑いながら、
「新宮さんが夢遊病でも起こして、いつか人殺しをするであろうというような恐怖を、あ
のひとたちが持っているとか……」
「と、とんでもない!」
華子は蒼あおざめた顔をゆがめながら、言下に強く打ち消した。