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第十四章 須す磨ま明石あかし(4)_悪魔が来りて笛を吹く(恶魔吹着笛子来)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335

 出川刑事は緊張に頰ほおを強こわ張ばらせて、

「それで、子爵はいつまでここに……?」

「十四、十五、十六日と、三晩こちらへお泊まりにならはりまして、十七日の朝早くお立

ちになりました」

「そのあいだ、ずうっとこちらに……?」

「いえ、そういうわけやおまへん。十五日も十六日も、どこかへお出掛けだしたが、しか

し、まさかあんた、十五日の朝九時ごろここを出たもんが、同じ朝の十時ごろ、銀座の天

銀堂へ現われるわけがおませんですやないか」

 おかみがまたちょっと気色ばむのを、金田一耕助はとりなすように、

「いや、おかみさん、刑事さんがああいったのは、物の順序というものですよ。ところ

で、物の順序のついでにお訊たずねしますがね、そのときこちらへ泊まったのは、たしか

に椿子爵だったのでしょうね」

「そら、もうあんた。……あの、ちょっとすみませんが、あんたそのベルを押してみてお

くれやすな」

 刑事がベルを押すと、さっき食事のとき給仕に現われた女中のひとりが現われた。

「ああ、おすみちゃん、番頭さんに宿帳を持って、こっちへ来るようにいうとくれ。それ

からあんたも来ておくれやす」

 おすみはいったん引きさがったが、すぐ番頭といっしょにやって来た。番頭というのは

三十五、六の、色白のいい男だが、縞しまの着物に前垂れがけという姿が、いかにもこう

いう古風な宿のものらしかった。さっき玄関で刑事と押し問答をしたのもこの男である。

 おかみは番頭の持って来た宿帳をひらいて、ふたりのまえに押しやりながら、

「これはあのかたが御自分でお書きにならはった字で、たしか筆ひつ蹟せき鑑定とやらで

も、椿さんの字にちがいないいうことになったと思います。なあ、番頭はん、そうだした

なあ」

 番頭は無言のままうなずいた。

 それはいかにもこの宿にふさわしい、日本紙の宿帳で、名前も毛筆で書くようになって

いる。そこに麻布六本木の住所と、椿英輔と書かれた文字は、金田一耕助も同じひとの遺

書で見おぼえのある、椿子爵の筆蹟にちがいないように思われる。年月日は印刷してあっ

たが、そのあいだに書きいれられた文字は、間違いもなく一月十四日だった。

「なあ、なんぼなんでも縁もゆかりもないひとのために、わたしらが宿帳の日付に、あら

かじめインチキしといたなんて、お思いにならはらしまへんやろな。それから、ここにい

る番頭さんとおすみちゃんは、あのとき参考人として、東京まで出向いていったんだっ

せ。そして、面通しというんですか、椿さんに逢おうて来たんやが、たしかに一月十四日

から十六日まで、うちに泊まらはったお客さんにちがいないゆうて、証言して来たんだ

す。なあ、そうやったなあ」

 おすみは無言のままうなずいた。番頭は不安そうに膝ひざをすすめて、

「おかみさん、そのことについて何か間違いでも……」

「いや、番頭さん、そういうわけじゃないんですよ。われわれがこんど出張してきたの

は、もっとほかのことを調べに来たんですが、物の順序として、一月十四日から十六日ま

でこちらに泊まった人物が、椿子爵であったかどうか、もう一度はっきりしておきたかっ

たんです。出川さん、どうやらその点については、もう間違いはないようですね」

「そうですねえ」

 出川刑事は渋い顔をして、煮え切らぬ返事である。かれとしては椿子爵のこのアリバイ

に、何かしら大きなトリックがあるほうが、むしろ有難かったのにちがいない。若い、功

名心にもえているかれは、それを看み破やぶることに、大きな野心を抱いていたのにちが

いないが、いまのおかみさんの話によると、その野心はどうやら水泡に帰しそうである。

少なくともこの宿のひとたちからは、まえの証言をくつがえすような、何物をも得られそ

うになかった。


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