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第十四章 須す磨ま明石あかし(5)_悪魔が来りて笛を吹く(恶魔吹着笛子来)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 金田一耕助はしかし、べつに失望した様子もなく、

「番頭さん、いまおかみさんにも話したんですが、こんどわれわれがやって来た目的は、

もっとべつのところにあるんです。それについて、ぜひあなたがたにも協力していただき

たいんですが。……」

 と、さっきおかみに話したようなことを打ち明けると、番頭とおすみは顔見あわせてい

たが、さて、これといって思いあたるふしはないらしかった。

「何しろほんとにお静かなかたでしたので……わたしどもほとんど口を利きいたこともな

いくらいで。……へえ、十五日も十六日も、どこかへお出掛けだしたが、さて、どこへお

出掛けなはったのか、手前ども一向に。……」

 番頭が首をかしげるかたわらから、おすみが口を出して、

「十五日の日は朝出かけやはって、お昼過ぎにかえらはりましたわ。それからお昼御飯を

たべてから、また出掛けて、夕方かえって来やはった。そやさかい、あの日はあんまり遠

いところへいかはったんやないと思いますわ」

「そうやったかいな」

 おかみは何か考えながらうなずいている。

「そうだすわ。わたし天銀堂事件のときに調べられたんで、いまでもおぼえてますの。と

ころが十六日の日は、今日は遅くなるかも知れへんさかい、弁当こさえてくれおっしゃっ

て。……」

「ああ、そやそや、それでお結びこしらえたげたな。あの日は何時ごろおかえりやったい

な」

「夕方の五時ごろだしたわ。冬のこったすさかい、もう暗うなってました。何んや知らん

げっそりお窶やつれなさって、まるで生きたそらもないようなお顔色だしたわ。そのまえ

からおかみさんが、自殺でもしやはるんやないやろかと、心配してはりましたさかいに、

わたし、てっきり自殺しそこのうて、帰って来やはったんやと思ったんだっせ」

 金田一耕助と出川刑事は、またふっと顔を見あわせる。

 一月十六日の外出──椿子爵が何かをつかんだとしたら、おそらくそのときのことにちが

いない。そして、それがかれに自殺を決意させたのかも知れないのだ。

「それで何かね。子爵はどこへいくとも、いったとも云わなかったのかね」

「ええ、そんなことちっとも。……第一、わたし晩御飯のお給仕をしてても、気味が悪う

て悪うて、……ろくに口も利きませんでした。そら、もうえらいお顔だしたわ」

「ああ、ひょっとすると、そら、明あか石しへ行かはったんとちがいまっしゃろか」

 番頭の言葉に、出川刑事がふりかえって、

「えっ、どうして?」

「その日やったか、そのまえの日やったか忘れましたが、わたしにひとこと、明石へ行く

には省線がよいか、山陽電鉄がよいかちゅうてお訊たずねにならはりました。それでわた

しが、明石もところによりけりだすが……いいますと、それきり黙っておしまいにならは

りまして。……」

「ねえ、おかみさん、おすみちゃん、いま番頭さんのいったようなことで、そのとき何気

なしに聞き流したような言葉でいいんです。何か思い出すようなことがあったらおっ

しゃってくださいませんか」

 一同はだまって顔を見あわせていたが、そのときふっとおかみが、小山のような膝ひざ

をゆすり出して、

「それで、なんだすか。椿さんがあのときこっちゃへ来やはった用件について、あんたが

たには全然、なんの心当たりもおまへんのかいな。ひょっとすると、あのことやないやろ

かいうような、そんな見当もつきまへんの」

 そういうおかみの眼の色を、金田一耕助はじっと視みつめながら、

「いや、それについては心当たりがないこともないんです。つまり子爵は自分の一家のこ

とについて、いままで全然知らなかったことを、最近どこからか聞き込んで、それをたし

かめるために、この方面へやって来られたんじゃないかと思うんだが……」

 それを聞くとおかみはしきりに、大きな体をもじもじさせながら、袂たもとのはしで額

の汗をこすっていたが、ふっと番頭とおすみのほうをふりかえると、

「あんたら、ちょっと向こうへ行ってておくれやす。用事があったら呼ぶよって。……あ

あ、それからお茶をいれかえて来て……」

 金田一耕助と出川刑事は、またふっと目をあわせる。

 おかみはなにか知っているのだ。


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