「金田一さん、そ、それをどうして……」
金田一耕助はそこであらためて、おすみの観察なるものを語ってきかせると、
「ぼくもそのとき、おすみちゃんの観察のなかなか鋭いのには感服したが、まさかそのま
ま鵜う呑のみにしようたあ思わなかった。しかし、いまの出川さんの話を聞くと、また淡
路へむすびついて来たじゃありませんか。これはどうしても、いちど淡路へわたって見な
ければなりませんね」
「まあまあ、おすみがそんなことを申しましたか」
「おかみさん、あの娘はなかなか悧り巧こうですね。話しっぷりを聞いていても、頭のい
いことがよくわかる。ところで、ねえ。出川さん」
「はあ」
「その尼さんがおたまをたずねて来たのは、一昨日だとおっしゃいましたね」
「はあ、そうです」
「一昨日といえば十月一日。あの事件がはじめて新聞に出たのはその朝のことですよ。妙
海尼はそれを読んで何か思いあたるふしがあったので、淡路からわざわざ、おたまのとこ
ろへ相談に来たんじゃないでしょうか」
出川刑事はどきっとした眼で、金田一耕助の顔を見すえていたが、やがて、いくらか声
をふるわして、
「そういえば、金田一先生、旅館のものの話によると、その尼は、ひどく取り乱した様子
だったそうですよ」
一瞬しいんとした沈黙が、部屋のなかにみなぎりわたる。三人は一種異様な光をおびた
眼を、たがいに見交わしていたが、やがて、金田一耕助がギコチなく空から咳せきをする
と、
「こうなると、一刻も早く、その尼さんをさがし出さねばなりませんが、淡路とだけで、
詳しいことはわかりませんか」
「はあ、わたしもそれを聞いてみたんですが、淡路の妙海尼といっただけで、それ以上の
ことはいわなかったそうです。おたまにはそれだけでわかるんですね、きっと」
金田一耕助はにっこりとおかみの方をふりかえって、
「おかみさん、やっぱり、あなたにここにいて頂いてよかったですよ。こうなると、おか
みさんのお力を借りるよりほかに、手がなくなりました」
「あら、まあ、わたしに何が出来まっしゃろ。出来ることなら、そら、なんでもお手助け
させてもらいますけど」
「おかみさんはさっきおっしゃったでしょう。この鯛たいは明石の漁師に、わざわざとど
けてもらったと。そうするとあのひとたちにお馴な染じみがおありなんでしょう」
「へえ、そら、お父つぁんの代から、出入りしてるもんがおりますねん。それやさかい
に、わたしら戦争中でも、魚だけは不自由しませなんだんです」
「それですよ。そのお顔をお借りしたいんです。そのひとたちのなかに、今年の一月十六
日に、椿子爵を淡路へ送っていったひとがあるに違いない。しかし、おすみちゃんもいっ
てたが、こういうことは警察が正面に出ると、なかなか、ほんとのことはいわないもんで
す。そこをおかみさんの顔でなんとか、探し出してはもらえないでしょうか。むろん、な
んのために、こういうことを調べているのか、……それをおっしゃっていただいては困り
ますが、その代わり、そのひとたちのヤミ行為やなんかについては、絶対にタッチしない
ということを、よくおっしゃっていただいて」
「わかりました。そんなことなら造作おまへん。万事わたしにまかしといておくれやす。
明日のお昼までには、きっと探し出してお眼にかけまっさ」
おかみさんはそういって、赤ん坊のようにまるまるとふとった掌てのひらで、じぶんの
胸をたたいて見せた。
こうして金田一耕助と出川刑事の捜査の焦点は、はじめて淡路へ向けられることになっ
たのである。