第十八章 不倫問答
その晩、おそくまで寝床のなかで、出川刑事と話しこんでしまったので、翌朝、金田一
耕助が眼をさましたのは、九時ももう半ばを過ぎていた。雨戸はまだしまっていたけれ
ど、となりの寝床はもぬけのからで、出川刑事の姿は見えない。
枕まくら許もとにおいてあった腕時計を見て、金田一耕助がおどろいてとび起きると、
乱れ箱には出川刑事のどてらと浴衣ゆかたがぬぎ捨ててあり、その代わり、長押なげしに
かけてあった洋服が見えなかった。それでは刑事はもう出掛けたのかといくらかあわて気
味で雨戸をあけると、夜のうちにまた天気がかわったらしく、かなりひどい土砂降りに
なっている。
「これは。……」
と、耕助はいちまい雨戸をくったきり、縁側に立ってぼんやり雨脚を眺めている。庭石
にたたきつける雨のいきおいはかなり強く、庭樹も遠くのほうは薄墨色にぼかされて、む
ろん、淡路島は見るよしもない。
こいつは少し幸さい先さきが悪いかなと、耕助が首をひねっているところへ、昨夜は姿
を見せなかった女中のおすみがやって来た。
「お早うございます。雨戸はわたしが開けますよってに。……」
「お早う。またお天気が変わったね」
「へえ、ええあんばいやと、おかみさんはいうてはります」
「よいあんばいとは……?」
「このしけなら漁師もうちにいよるやろと。……」
「ああ、そうか」
それでは幸先がよかったのかと、金田一耕助は、あらためて降りしきる雨に目をやっ
た。
「それに、お昼過ぎには小降りになって晴れると、ラジオもいうてますさかいに。……」
「それだとますます好都合だね。それで、明石のほうへは……?」
「番頭はんがいかはりました」
「それは御苦労様だね。この雨のなかを。……出川さんもいっしょにいったの」
「いいえ、出川さんはべつのところだっしゃろ。旦だん那なさん、顔をお洗いやして」
耕助が顔を洗って、おそい朝飯の膳ぜんにむかっているところへ、おかみが挨あい拶さ
つにやって来た。
「おかみさん、すまない。番頭さんが明石へいってくれたんだってね」
「へえ、今朝はやくやりました。ええあんばいに、このしけだすさかいに、漁師もみんな
いますやろ」
「うまくお目当てのが見つかればいいがね」
「そらおすみのいうように、ほんまに椿つばきさんが漁師の舟でわたらはったんやった
ら、きっとつかまえて来ます。あら、年と齢しは若おますけど、なかなか抜け目のない男
だすさかい」
「いや、いろいろお世話になってすまない」
「なんの、あんた、これしきのこと」
「出川君は……?」
「あのかたは神戸へいかはりました。昨夜のとこへいて、もういっぺんおたまはんのこと
や、それにひょっとしたら、尼さんの居所がわからへんか聞いてみるおっしゃって……」
「ああ、そう、ぼくはすっかり寝坊しちゃったな」
「お疲れにならはりましたんやろ。それに昨夜ゆんべはだいぶ遅うまで、お話しのようす
だしたさかいにな。御飯がすんだら番頭はんや出川さんがかえってくるまで、横になって
おいでやす」
「ああ、有難う。もう大丈夫ですよ」
おかみがさがると、耕助は机にむかって、手紙を二本書いた。一本は久保銀造、一本は
磯いそ川かわ警部に宛あててである。