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第十九章 淡路島山(4)_悪魔が来りて笛を吹く(恶魔吹着笛子来)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335

「いや、釜口村はどうか知りませんが、そこからひとつ手前に仮屋という町があります。

小井からは一里たらず、歩いても一時間あれば十分でしょう。そこまでひきかえしてくる

と、旅人宿はたごみたいなのがあるそうです」

「なるほど、それじゃ、今夜は巡礼にでもなったつもりで、そこへ泊まりますか」

 耕助は低い声で笑ったが、そのとたん、船がちょっと大きくゆれたので、ふたりはよろ

めき、あわてて鉄てつ柵さくに縋すがりついた。別べつ府ぷ通いの汽船がいま海峡を突っ

切っていくのである。千鳥丸はそのあおりをくらって、しばらく揺れが大きくなったが、

すぐまたもとに復して、た、た、たと単調なエンジンの音をひびかせながら、海面を切っ

ていく。

 気がつくと千鳥丸はもう海峡のなかば以上もつっ切って、淡路島山がすぐ眼前に迫って

いる。雲の切れ間はますますひろがって、爽さわやかな秋の青空が、眼にしみるようであ

る。海面を見ると、潮の流れのかげんか、縞しま瑪め瑙のうのように美しい模様が織り出

されている。雨があがったせいか、もう点々と漁船の影が見られる。鷗かもめが群れてい

た。

 しかし、金田一耕助の眼には、そういう景色も入らなかった。さっき、出川刑事と暗黙

のうちに語りあった不安が、大きく頭のうえにのしかかっているのである。

 まさかとは思うものの、げんに石いし燈どう籠ろうのあの文字を、削り落としていった

ものがあり、また、ミナト・ハウスへおたまのことを、訊きき合わせにきた男がいるので

ある。

 石燈籠の文字を削り落としたのは、近所の悪戯いたずら小僧かも知れないし、おたまを

訪ねてきたのは、なんでもない識しり合いかも知れぬ。そしてまた、明石の港に張りこん

でいる刑事の目的というのも、じぶんたちの旅行とは、何んの関係もないことだろう。

……と、無理にそう考えようとしてみても、やはり胸の底の不安は去らない。

 耕助は帽子をとって、もじゃもじゃ頭を、やけに搔かきまわす。潮風が蓬ほう髪はつ

を、着物の袖そでを、袴はかまの裾すそをはたはたとなびかせる。出川刑事は鉄柵に頰ほ

お杖づえついて、しきりに爪つめをかんでいる。もう淡路島が眉まゆのうえに迫ってい

た。

 やがて船脚がのろくなっていったかと思うと、千鳥丸は岩屋港の防波堤のあいだへ入っ

ていった。うしろに低い丘を背負った岩屋は、帯のようにせまい町である。ここもまた漁

港らしく、幅のせまい砂浜に、漁船がたくさん並んでいる。

 岩屋の港の桟さん橋ばしはただひとつしかない。その桟橋のうえに五、六人の人影が見

える。千鳥丸はそこでしばらく休んで、三十分ののちに明石へ向けて出帆するのである。

 桟橋をあがると、すぐ洲本方面へつながる道路で、四、五人客を乗せたバスが待ってい

る。ここの待合室の表にも私服らしいのがふたり立っていて、金田一耕助の顔をジロジロ

見ていた。

 船から降りた客の大半はこのバスに乗り込むのである。金田一耕助と出川刑事もいちは

やく乗りこんで、後部に席をとったが、乗りこんでから気がつくと、桟橋のすぐ右手に、

兵庫県国家警察岩屋署と看板のかかった建物がある。バスが出発の合い図をすると、その

なかから巡査部長がひとり、私服らしいのがひとり、それから医者らしいのがひとり、あ

たふたと出てきて飛び乗った。バスは三人を乗せるとすぐ出発する。

 金田一耕助と出川刑事はまた顔を見合わせた。

 医者はあいている席を見付けて腰をおろしたが、巡査部長と私服は運転台のそばに立っ

て、何やら低声で話しこんでいる。

 バスは岩屋の町を出外れると、海岸線に沿って南下する。道路の左側はすぐ砂浜で、そ

の向こうは海である。右手を見ると半農半漁といった民家が、道路に面してならんでお

り、その背後はすぐ爪先のぼりの丘になっている。丘は段々畑になっていて、いたるとこ

ろに甘かん薯しよの葉がしげっていた。


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