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第十九章 淡路島山(5)_悪魔が来りて笛を吹く(恶魔吹着笛子来)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 突然、出川刑事が立ちあがった。

「金田一先生、気になりますから、ちょっと訊いて来ます」

 出川刑事は立っている客をかきわけて、運転台のほうへいくと、帽子をとって巡査部長

に話しかけた。声は聞こえなかったが、ポケットから何か取り出し見せているのは、身分

証明書のようなものだろう。巡査部長の顔にちょっと驚きの色がうかぶ。

 それから私服らしいのと三人、熱心に何やら話していたが、こちらへ向けている出川刑

事の横顔が、みるみるうちに土色になっていくのを見たときには、金田一耕助は腹の底が

鉛のようにずしいんと重くなっていくのを感じた。

 ああ、やっぱり、そうだったのか!

 しばらく話しこんでいた出川刑事は、やがてこちらへ顔を向けて顎あごをしゃくった

が、作造の言葉ではないが、その顔色は幽霊を見たひとのようであった。

 耕助がちかづいていくと、出川刑事がしゃがれ声をふるわせて、

「先生、いけません。やっぱり、そうです。先を越されました」

「先を越されたって、殺やられたの?」

 耕助の声も出川刑事に敗けず劣らずしゃがれている。

「そうです。絞め殺されたそうです」

 耕助は一瞬眼をつむった。何かしら超現実的な恐ろしさが、肚の底から吹きあげてく

る。あの「悪魔が来りて笛を吹く」の、幽鬼のすすり泣きにも似た、クレッシェンドの一

節が、とつぜん、耳底でたからかに鳴りわたった。

 出川刑事が簡単に紹介すると、巡査部長と私服は不思議そうに耕助の顔を見まもってい

たが、それでも問われるままに巡査部長が語るところによるとこうである。

 妙海尼殺害の報告が岩屋署へとどいたのは、正午頃のことだった。発見がおくれたのは

今朝の嵐あらしのせいらしい。雨が小降りになった十一時頃、村の娘のひとりが野菜を

持って尼寺を訪れた。妙海尼は村の娘にお針だの編み物だのを教えていたので、娘たちの

ほうでも何かと尼のために気をくばっていたのである。

 尼寺は雨戸が全部しまっていたが、試みに入り口の戸に手をかけるとなんなく開いた。

中へ入ってみると尼の姿は見えない。しかし、履はき物はちゃんと土間にあるので、娘が

不思議に思って押し入れを開くと、蒲ふ団とんのあいだから尼の足がのぞいていたという

のである。

「それで大騒ぎになったんですが、なんでも昨夜六時ごろ、洲本方面から来た、バスから

降りた客が、停留場のそばにある煙草屋で、尼寺のことを聞いているんです。いまのとこ

ろ、その男が唯ゆい一いつの容疑者なので、取りあえず非常線を張っているんですが、た

ぶんもう手遅れでしょうねえ。本土から来たとしたら、もうとっくに島を脱出していると

思いますがね」

 巡査部長はかなり正確な標準語を話した。

「本土から来たと思われる節があるんですか」

「ええ、そのバスというのが、五時に洲本を出ているんですが、洲本へは二時半に神戸を

出た船が、ちょうど五時に着くんです。バスはその船と連絡しているので、そいつも船で

やって来たんじゃないかと思うんですがね」

「その男の人相は……?」

「四十前後の洋服を着た男という以外には、いまのところ詳しいことはわかりませんが、

いま、バスの運転手や車掌を探しているところです」

「ところで、その尼ですがね。妙海というんだそうですが、本名はわかりませんか」

 巡査部長は手帳を出して見て、

「本名は堀井駒子、年齢は四十いくつだそうです。まだ詳しいことはわかりませんがね」

 金田一耕助はもういけないと眼をつむって、二、三度強く首を横にふった。そうしなけ

れば放心しそうな気がしたからである。

 堀井というのは嫁いでからのおこまの姓である。


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11/29 11:49