「しかし、死体盗人の犯人が、跛をひいてたってことから、樋口という男を怪しいと思い
ませんでしたか」
だしぬけに、金田一耕助に言葉をかけられ、加奈子としげるは、びっくりしたように振
り返ったが、
「ええ、そのことなんですがね」
と、マダムは怪け訝げんそうに、耕助の顔をジロジロ見ながら、
「そのことについても、今朝しげると話し合ったんでございますのよ。樋口さん、跛をひ
いていたかしら。……あたしがせんに知ってるころには、べつに脚が悪いようなことはな
かったんですもの」
「いや、樋口は刑務所にいるあいだに、左脚を負傷して、それ以来、跛をひいてたってい
うんだがね」
等々力警部は口をはさんだ。
「ああ、そう、それじゃ、あたしもしげるも見逃してたんですわね。そんなにひどい跛
じゃないんでしょう」
「ああ、ごくかるい跛だって話だが……」
「あんたは」
と、金田一耕助は由美子のほうを振り返って、
「樋口という男にあったことないの」
「いえ、あの、あたし……」
由美子はもじもじしながら、
「二、三度、お店へいらしたので、お眼にかかったことがございます」
由美子というのは特色のない、ひとくちにいってもっさりした女だ。ことに眼から鼻へ
抜けるように聡さかしげなしげるとならべて比較すると、いっそう、その平凡さが眼につ
いた。だぶだぶとしたしまりのない肉付き、小羊のように臆おく病びようそうな眼、まる
まっちい鼻、金田一耕助にただそれだけのことを訊かれても、額に汗をにじませていると
ころを見ると、よほど気の小さい女なのだろう。
「二日の晩、その男がお店へきたときには、君はいなかったんだね」
「はあ、あの、きっとお手洗いへでも……」
「ああ、そう、ところで君もその男が、跛をひいてたことに気がつかなかった?」
「いえ、あの、あたしは気がついてました」
と、いってからマダムとしげるの顔を見て、
「でも、ほんにかるい跛でしたから……」
と、慌てたようにつけくわえた。
「あら、そう、由美ちゃんは気がついてたの。それじゃ、あたしたちよっぽどぼんやりし
てたのね。ほっほっほ」
「ところで、マダム」
と、等々力警部。
「樋口が二、三度マダムのところへきたというのは、何か特別の用件でもあったの?」
「いえ、べつに。なにぶんにも、……以前ああいうことがあったひとでしょう。だから、
だれも気味悪がって、相手にしなかったんですね。それで、あたしのところへ、今後の身
のふりかたについて相談にきたわけなんですの」
「マダムは気味悪くなかったんだね」
「いえ、それはあたしだっていやでしたわ。まさかこんなことをしようとは存じませんで
したけれど、……でも、そうむげに追っぱらうわけにもね。それで話を聞いてあげてたん
ですけれど……」
「どんな話をしてたかね」
「なんでも、あたしどもみたいな商売をしたいようにいうんです。あのひと、小金を持っ
てるらしいんですね。でも、ああいう商売、どうしても女が主にならなければ駄目でしょ
う。そういう女が見つかるか、……あのひとのしてきたことを知ったら、だれだってね、
気味悪がって逃げだしてしまいますわ。ですけれど、あたしとしてはそうもいえませんの
で、何かもっとかたぎな商売なすったら……と、いったんです。でも、いやあねえ」
と、マダムは眉をひそめて、
「だって、今後の身のふりかたについて、相談にのってくれなんて来ながら、こんなこと
するんですもの。もうああいう趣味が本能になってるんでしょうか」
加奈子は大げさな身ぶりで、ゾクリと肩をふるわせた。