「ところがね、金田一さん、浩一郎はぜったいに、そんな手紙を書いたおぼえはないとい
いはるんです。事実また、筆跡をしらべてみても、浩一郎の筆とはまるでちがっているん
ですがね」
「なるほど。しかし、よしんばそれが偽にせ手紙としても、由紀子がそれにあざむかれ
て、水車小屋へやってくるということはありうるでしょう」
「ところが、浩一郎はまた頑がん強きように、それを否定するんですね。自分は宵から一
時ごろまで、水車小屋にがんばっていたが、由紀子のやってきたなんてことはぜったいに
ない。もっともその間、半時間ぐらい、横になってうとうとしたが、由紀子がやってきた
ら気がつくだろうし、自分が気がつかなかったら、由紀子のほうで起こすはずだというん
です」
「水車小屋には横になるような場所があるんですか」
「ええ、それはあります。三畳じきくらいの、蓆むしろをしいた板の間があって、枕まく
らなんかもそなえつけてあり、毛布でも抱かい巻まきでも持ちこむと、ちょっと横になれ
るようになっているんです。ところが、またここに妙なことには、浩一郎はそうして頑強
に否定するものの、村の駐在の清水君ちゅうのが、水車小屋をしらべたところが、いま
いった蓆の下から由紀子の紙入れが出てきたんです。しかも、隣村の祭りへ出かけると
き、由紀子がそれを持って出たってことは、両親のみならず、いっしょに行った友だちな
んかもみんな証言してるんです」
「それじゃ、もう問題はないじゃありませんか。やっぱり由紀子は水車小屋へ……」
「まあ、まあ、待ってください、金田一さん。それだけの単純な話なら、なにもわたしが
わざわざ出張してくることはないんですからな。問題はその手紙と紙入れなんで。……
と、いうのは由紀子の失踪したのは、いまいったとおり三日の晩なんだが、その翌日の四
日の夕方に、このへん一帯、秋にはめずらしい大夕立があったそうです。なんでも三週間
めのおしめりだちゅうんで、みんなよくおぼえとるんですがね。だから、由紀子が三日の
夕方、家を出るときその手紙をおとしていったものならば、五日の朝、由紀子の弟啓吉が
発見したときには、その手紙、ズブぬれになっていなければならんはずでしょう。ところ
がそれがいくらか湿ってはいるものの、夕立にうたれた形跡なんてみじんもないんです。
また、紙入れのほうですが、これまた四日の晩に勘十という男……この男が祭りの晩、浩
一郎に番をゆずった男なんですが……その男が四日の晩に、水車小屋で米搗きをしてるん
ですが、そのとき、一度蓆をあげて掃除をしたが、そんな紙入れなんか、どこにもなかっ
たというんです」
金田一耕助の眼はしだいに大きくひろがってくる。さっきからもじゃもじゃ頭へつっこ
んでいた、五本の指の運動が、しだいにはげしくなってくる。これが興奮したときの、金
田一耕助のいくらか奇妙な習癖なのだ。
「な、な、なるほど。そ、そ、そいつはおもしろいですな」
と、これまた興奮したときのくせで、金田一耕助はどもりながら、
「すると、だれかが浩一郎をおとしいれようとして、作為を弄ろうしているというんです
ね」
「じゃないかちゅう気がするんです。この話を聞いたとき、わたしゃなんだかいやあな気
がした。いままでお話ししただけのことなら、単なる村の小町娘の失踪事件……よしん
ば、たとえ、そこに犯罪があるとしても、ありふれた殺傷事件ですむんですが、この手紙
と紙入れのことがありますから、これゃただの事件じゃないぞ。相当手のこんだ事件だぞ
と、そんな気がつよくしたちゅうわけなんです。ところが、ねえ、金田一さん」
と警部は体を乗りだすようにして、
「ここにまたひとつ、おかしなことがある」
「おかしなことというのは……?」
「いまいうた勘十という男ですがね。勘十のいうのに、紙入れに関するかぎり、四日の
晩、そんなものはぜったいになかったというんですが、それにもかかわらず勘十は、三日
の晩、由紀子が水車小屋へ来たんじゃないかという疑いを、まえから持っていたちゅうん
ですな」
「と、いうのは……」