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湖泥 三 (1)_人面瘡(人面疮)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335

 この事件が当時あのように世間をおどろかしたのは、犯人よりも、また殺害方法より

も、死体の発見されたときの世にも異様な状態にあった。

 金田一耕助もだいたい想像はしていたものの、実際、眼まのあたりに見た死体には、か

れの想像をはるかにこえた、一種異様な不気味さがあったのだ。

 それはさておき、突然ひきかえしてきた二艘そうの舟が岸につくのをみると、なにごと

が起こったのかと、湖畔にむらがっていた野次馬がばらばらとそばへかけつけてくる。清

水巡査はそれを追っぱらいながら、金田一耕助と磯川警部を、九十郎の小屋へ案内する。

 さっきもいったように、九十郎の小屋は水際から二間ほどあがったところの崖の上に

建っているのだが、ちょうど左右からせまる山やま襞ひだのなかに、めりこむようにちぢ

こもっているので、湖水からだとよく見えるが、地上からだと、どの地点からもほとんど

見えない。ひとぎらいとなった隠いん遁とん者が世間の眼からのがれてかくれ住むには、

このうえもなく格好の場所というべきである。

「九十郎のやつが……九十郎のやつが……あいつ、なるほどつきあいの悪いやつやし、

こっちから声をかけても返事もせんようなやつで、子どもなんか、九十郎の顔を見るとこ

わがって逃げだすくらいだが……まさか、……まさか……なにしろ、三十年以上も日本か

らはなれとったようなやつですから、気心がちっともわからんし、畜生ッ、しっ、

しっ!」

 この意外な事件の進展に、まだ若い清水巡査はすっかり興奮している。童顔にはなばな

しく吹きだしたにきびのひとつひとつが、汗をおびてぎらぎら光っている。

 三人の男がちかづいてくるのを見ると、屋根にむらがっていた烏どもが、いっせいにガ

アガア鳴きながらとびたったが、そのままほかへとんでいくのではなく、あちらの梢こず

え、こちらの崖っぷちへと羽根をやすめて、また、ひとしきり、鳴きたてながら、首さし

のべて好奇的な姿勢で、三人の姿を見まもっている。

 実際、たそがれの空に鳴きたてる烏どもの鳴き声には、一種異様な鬼気を感じさせるも

のがあった。

 清水巡査が牛馬同様の暮らしをしているといったのもあやまりではなく、九十郎の小屋

はそこらにある牛小屋にそっくりだった。いや、牛小屋でももうすこしましなのがあるか

もしれぬ。それでも都会のこういう種類の小屋からみると、荒壁がついているだけましだ

ろう。

 三人がぐるりと小屋をひとまわりすると、入り口にはまった腰高障子の上に、まっくろ

になるほど蠅はえがたかっていて、なにかしら一種異様な臭気が鼻をつく。

 金田一耕助と磯川警部はどきっとしたように眼を見かわせる。

「烏や昆こん虫ちゆうの嗅きゆう覚かくはおそろしい。警部さん」

「よし、なかへ入ってみよう。清水君、障子をひらいてみたまえ」

 たてつけのわるい障子が、がたぴしと音をたててひらくと、蠅がわっととびたった。

 なかは四畳半ほどのひろさだが、こういうところでも人間、生活をしていけるという見

本のようなものだ。床には米俵のほぐしたのがしきつめてあり、すみっこのほうに土ど瓶

びんや茶ちや碗わんが、戸と棚だなのように立てておいた蜜み柑かん箱ばこのなかになら

んでいる。炊事は外でやるらしく鍋なべ、釜かま、七輪の類は見当たらない。

 元来、この小屋は北神家の小屋だったのである。上の山できった木を薪たきぎにして、

いったんこの小屋へつんでおき、それを舟で部落のほうへはこんだものだが、九十郎夫婦

が引き揚げてきたとき、それを無償で提供したのだ。したがってこの小屋には窓というも

のがなく、むっとこもった空気のなかに、耐えがたいほどの臭気がたてこめて、蠅がわん

わんと小屋じゅうを舞いくるっている。

 それでも小屋の一方には、押し入れらしいものがあり、そのまえに蓆むしろが二枚ぶら

さがっているのが、まるで乞食の住む蒲かま鉾ぼこ小屋のようである。

「清水君、その蓆のなかだ。その蓆をめくってみろ」

 警部はハンカチで鼻をおさえながら、窒息しそうな声をあげる。言下に清水巡査が蓆を

めくるかわりに、一枚一枚ひきちぎった。


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