「やあ、これは失礼を……」
金田一耕助がにっこりあいさつするのにたいして、相手はギロリと、不ふ遜そんな一い
ち瞥べつをくれただけで、そのまま駐在所からとび出していった。ひどく横おう柄へいな
人物である。
土間からなかへ入ると、ほの暗い電気のついた座敷のなかに、あの異様な臭気が立てこ
めている。死体が戸板にのっけられたまま、座敷のすみにおいてあるのだ。
そのにおいを消すためか、線香が猛烈な煙をあげている。
「やあ、金田一さん、いま清水君がKへ電話をかけて、死体を取りにくるようにと言うと
るところです。ここじゃ解剖もできませんのでね。まあ、それでこのにおい、がまんして
ください」
警部は机のまえにあぐらをかいて、刑事になにか口述しているところだった。
「警部さん、いまここを出ていったひとはだれですか」
「ああ、あれは村長です。志賀恭平というんです。そうそう、あんたがさっきあのひとの
細君のことを気にしたんで、ちょっと聞いてみたんです。ところが、それがすこしおかし
いんですよ」
「おかしいというと……?」
「きのうの返事とちがうんですな。きのうは大阪へ遊びに行っとるちゅうとったのに、
きょうは体を悪くして、転地しとるというんですが、その転地さきをいわんのです。なん
だかひどく動揺していて、しどろもどろという感じでしてね。まさか……とは思いますけ
れどね」
磯川警部は憂ゆう鬱うつそうな眼を死体にむける。
「いったい、いくつぐらいのひとですか。あのひとのつれあいといえば相当の年輩でしょ
うがねえ」
そこへ清水巡査が電話をかけおわってやってくると、なにやら警部に耳打ちしていた。
警部はそれを聞きおわってうなずくと、
「ああ、そう、それでよろしい。ときに、清水君、あの志賀村長の細君というのは、いっ
たいいくつぐらいなんだね」
「はっ、三十二か三でしょう。なかなかきれいなひとで……」
「三十二、三……?」
磯川警部も興をもよおしたらしく、
「ひどくまた年齢がちがうじゃないか。あの村長はもう六十……」
「一です。ことし還暦の祝いをしました。いまの奥さん、後妻だそうでありますが、それ
にはこんな話がありますんです」
清水さんの話によるとこうである。
志賀恭平は戦争まえまで大阪で私立女学校を経営していて、みずから校長をやってい
た。現夫人の秋子というのはそこの女教師だったが、志賀はいつかそれに手をつけた。む
ろん志賀にはべつに細君があったが、すったもんだのすえ、細君を離別して秋子と結婚し
た。
そういうことから校長の職も辞し、学校の経営からも手をひかねばならなくなったが、
そのことがかえって志賀には幸いしたのだ。そのときつかんだ金で郷里に山を買い、家を
建てておいたのである。
「それで、戦争で都会があぶなくなりますと、さっさとこちらへ疎開してきまして、まえ
の村長がパージでやめると、すぐそのあとがまにすわったんであります。女にかけても相
当のもんですが、政治的手腕もなかなかのもんだという評判で……」
清水さんは鼻の頭にしわをよせて笑った。