「それで夫婦仲はどうだったんです。奥さん、美人だという話でしたね」
「はっ、それはもう、あの村長が手を出すくらいでありますから。……夫婦仲はべつにわ
るいというふうではありませんが、奥さん、いつも寂しそうであります。婦人会の集まり
などへもめったに顔を出しませず、顔を出してもあまり口をきかんそうで……そこらはそ
こにいる仏のおふくろとは正反対で、こっちのほうは口も八丁、手も八丁……」
金田一耕助は仏の着ているあたらしい着物に眼をやりながら、
「仏といえば、さっきおふくろさんらしい婦人がかけつけてきましたね」
「ああ、もう、あれにゃ手こずりましたよ。戸板へしがみついて離れんのです。まあ、無
理もない話だが……やっと、それを引きはなしたかと思うと、こんどは九十郎にとびか
かって、……九十郎、頰っぺたにだいぶんみみず脹ばれができましたよ」
「その着物はうちからとどけてきたんですか」
「はあ、おやじと息子がやってきて、ぬれた着物じゃかわいそうだからちゅうて、その着
物を着せていったんですが、事件がどうもあんまり陰惨なんで、顔を見るのもつらかった
ですよ」
磯川警部は顔をしかめた。
「義眼についてなにか……?」
「ああ、それについてはだいぶ恐縮しておりました。由紀子は上海にいる時分、左眼をう
しなって義眼を入れたんだそうですが、たいへんよくできた義眼で、ほんものの眼とおな
じようにうごくんだそうです。それで、村の連中、だれもそれに気がつかなかったんで
す。ここにいる清水君なんかも、かえってそれに魅力を感じていたくらいですからな。
あっはっは」
「あれ、いやだなあ、警部さんたら」
清水さんは顔じゅうのにきびをまっかにして、頭をかいている。
「いや、冗談はさておいて、ねえ、金田一さん、由紀子はやっぱり水車小屋で殺されたら
しいんですよ。あの付近で由紀子を見たというもんが、さっきここへやって来たんです」
磯川警部の話によるとこうである。
三日の晩の九時ごろ、儀作という老人が水車小屋のまえをとおって、裏の山路へさしか
かると、上からひとりおりてくる足音がきこえた。そこで儀作がかたわらの森のなかに身
をかくしていると、おりてきたのは由紀子であった。由紀子は儀作に気がつかず、そのま
ま山をくだっていった。
儀作はその晩、浩一郎が水車の当番にあたっていることを知っていたので、たぶんそこ
へ行くのだろうと、気にもとめずにやりすごしたというのである。
「だから、その老人も小屋のなかへはいるところを見たわけではないが、もうこうなった
ら、由紀子はきっとそこへ行ったにちがいありませんね」
「しかし、その老人はなんだって、いままでそのことを申し出なかったんです」
「それはやはり、浩一郎に迷惑がかかっちゃならんと考えたんでしょうな。ところが、
きょう九十郎の小屋から死し骸がいが出てきたんで、てっきりあいつを犯人と思いこみ、
安心して申し出たわけでしょう。しかし、まあ、いずれにしてもこれで由紀子が山越え
で、この村へかえってきたということははっきりしたわけです」
「老人はしかしその時刻に、どうして山へのぼっていったんです。隣村の祭りへ行くつも
りだったんでしょうか」
「いや、それはたきぎを盗みに行くんであります。このへんでは山と娘は盗みものいう
て、平気でひとの山を荒らしますんです。それですから、ひとの足音をきくとかくれるん
であります」
清水君が註釈を加えた。
「なるほど。……ところで、その老人は行きがけに水車小屋のそばを通ったわけですね。
そのとき、浩一郎はなかにいたかしら」
「いや、行きがけに窓からのぞいたときには、浩一郎の姿は見えなかったというとります
な。かえりにのぞいたときには、碾ひき臼うすのそばにいたそうだが……しかし、それは
浩一郎もいうとるように、行きがけのときには、カーテンの奥でうたた寝をしていたんで
しょう。いずれにしてもこうなると、浩一郎の容疑は決定的ですね。これにたいして浩一
郎がなんとこたえるか、いま呼びにやっとるところですがね」
警部のことばもおわらぬうちに、外からいりみだれた足音がはいってきたかと思うと、
刑事に手をとられた長身の青年が、蒼そう白はくの面持ちで姿をあらわした。