「村長の家族は……?」
「奥さんとふたりきりです。雇人はおりますが、子どもはおりませんけん」
「そう、それじゃその晩の村長と、それから康雄というんですか、浩一郎のライバル、そ
のふたりの行動をもっと徹底的にしらべてみるんですね。隣村にいつごろまでいたか、途
中で姿を消しはしなかったか、というようなことを。……ときに、由紀子の弟がひろった
という手紙はありますか」
警部はすぐに封筒をとりだした。それは封筒も便びん箋せんも役場のもので、そこにわ
ざと筆跡をかえたと思われるような、ひどく乱れた金かな釘くぎ流で、さっき湖水の上
で、警部のいったような文句が書いてあった。
「清水さん、この便箋や封筒から、手紙の筆跡をさぐるというわけにはいきませんか」
「はっ、そのことですが、このふた品は役場の二階の大広間にもそなえつけてあるんです
が、そこでは始終、村の連中の寄りあいがあるもんですけん、ちょっと……」
「なるほど」
金田一耕助はちょっと考えて、
「とにかく、由紀子と浩一郎について、関心をもっていそうな連中の筆跡をあつめて、研
究してみるんですね。……おや」
金田一耕助はふと、封筒の一部分に眼をとめた。
それは由紀子の弟の啓吉が発見したとき、すでに開封されていたもので、いかにも女ら
しく、封筒の上部がきれいに鋏はさみで切ってある。ところがよく見ると封筒の封じめ
の、〆という字がわずかながらずれているのである。
と、いうことは、いったん封をしたのちに、だれかが蒸気にあてるかなんかして、一度
封を開いたのち、またもとどおり封をしたということになる。
金田一耕助に注意されて、磯川警部も眼を見張った。
「け、警部さん、こ、このことは非常に重大なことですよ」
金田一耕助はいかにもうれしそうに、もじゃもじゃ頭をかきまわしながら、
「だってね。ぼくはいままで、ひょっとするとこの手紙は、事件が起こってから、すなわ
ち殺人がすんでから、浩一郎に疑いの眼をむけさせるために、捏ねつ造ぞうされたものか
もしれないという、疑惑をもっていたんです。しかし、それだとここまで小細工をするは
ずがないし、する必要もない。と、するとこの手紙こそ、三日の昼、由紀子を水車小屋へ
呼びよせるために使われたものにちがいないということになる。由紀子はおそらく殺され
たとき、この手紙をふところにいれていたのにちがいない。それを犯人が紙入れとともに
とっておいて。……」
「しかし、途中でこの封を開いたのは……?」
「さあ、それを考えてみましょう。手紙を書いたやつが、そんな手数のかかることをする
はずがない。なかの文句が気にいらなければ、また新しく書けばよいのですからね。由紀
子はなおさらのことですね。と、すると、筆者から由紀子の手へわたるまでのあいだのだ
れかということになる。この手紙を書いたのが浩一郎でないとすると……それはもうほと
んどまちがいのないことだと思いますが……偽手紙の筆者はまさか自分で、由紀子のとこ
ろへとどけるわけにはいかなかったのでしょう。だからきっとだれかに、浩一郎からだと
いってわたしてくれと頼んだのにちがいない。そこで頼まれたやつが怪しんで、そっと封
を開いてみる。……これはありうることですからね」
「そうすると、その封を開いたやつが犯人ということになりますか」
「いや、そこまでは断定できない。ただ、問題はあの晩、由紀子が水車小屋へやってくる
だろうということを知っていた人間が、偽手紙の筆者のほかに、もうひとりいるというこ
とですね。とにかく、この手紙は非常に重要なものになってきました。とにかく大至急筆
跡の比較研究をやることですね」
磯川警部が耳うちすると、すぐに刑事のひとりがとび出していった。おそらく関係者の
筆跡を集めにいったのだろう。
そのあとで、磯川警部は耕助のほうにむきなおって、
「ときに、金田一さん、あの義眼のことだがな。さっきあんたがそのことを切りだしたと
きの、浩一郎の態度をくさいと思いませんか」
金田一耕助は思いだしたように、さっき浩一郎をつれてきた刑事のほうをふりかえっ
て、
「刑事さん、刑事さん。さっきあなたは浩一郎を呼びにいったとき、由紀子の左の眼が義
眼だったってこと、お話しになりましたか」
「とんでもない。そんなこと……」
「そうでしょうねえ」
金田一耕助はなやましげな眼をして、ぼんやり自分の爪つま先さきを見つめていたが、
やがてほっとため息をつくと、
「警部さん、あのときの浩一郎の態度は、ぼくをとてもおどろかせましたよ。ぼくにとっ
ちゃ非常に意外だったんです。浩一郎はぼくが義眼のことをいうと、言下に知りませんで
したと答えましたね。あのとき、ぼくは一言も由紀子の名前にはふれなかった。それにも
かかわらず言下に、なんのためらいもなく、知らなかったと答えた。そして、そのあとで
はっと気がついたように、恐ろしい眼をしてぼくをにらみましたね。おそらくぼくが罠わ
なにおとしたとでも思ったんでしょう。このことは、ある時期までは由紀子の義眼のこと
を知らなかったが、いまは知っているということになりそうです。そして、そのある時期
というのが今日であるはずはない。由紀子の義眼のことについては、まだだれにも発表し
ていないんでしょう」
「ああ、それはもちろん」
「と、すると、浩一郎はどうして知ったのか。死体が発見されたときくと、家へかえって
俵をあんでいたという浩一郎……まだ、御子柴の家のものにも会っていない浩一郎が、
いったいどうしてそれを知ったか。……ぼくはさっきまで由紀子の義眼のことを知ってい
るのは、御子柴家のものと、九十郎と犯人以外にないと思っていたんですがねえ」
磯川警部はしばらく無言のまま考えていたが、やがて思い出したように、
「それはそうと、由紀子の義眼はどうなったのかな。あれはやっぱり、犯人がくりぬいて
いったちゅうわけなのかな」
「それはおそらくそうでしょうねえ。義眼がひとりでに抜けおちるなんてはずがない。犯
人は由紀子をしめ殺したとき、はじめて義眼に気がついた。そこで好奇心にかられたか、
それともいままでだまされていた腹立ちまぎれにか、くりぬいたんでしょうが、さて、そ
の義眼をどうしたか……」
金田一耕助が考えこんでいるところへ、Kから自動車が死体をとりにきた。
磯川警部と金田一耕助は、その自動車でひとまず岡山までひきあげることになった。