七
「それじゃ、わしが家内を殺したとでもいうのかな」
緊張のためにしいんと張りつめた空気のなかに、志賀村長の怒りにふるえる声が炸さく
裂れつした。
あの薄暗い駐在所の奥のひと間なのである。磯川警部をはじめとして、おおぜいの刑事
や警官にとりかこまれて、志賀村長もいちおう尊大にかまえてはいるものの、さすがに動
揺の色はおおうべくもなく、頰ほっぺたの筋肉がしきりにぴくぴく痙けい攣れんしてい
る。
駐在所の内外には、痛烈なまでに緊張の空気がみなぎっていた。
「いや、いや、いや!」
と、磯川警部は赤ん坊のようにまるまっちい手をあげて、相手をおさえつけるようなし
ぐさをしながら、
「そんなにはやく結論を出されちゃ困る。いまのところわれわれはいっさい白紙の状態
で、どこから手をつけていったらよいかわからぬくらい困惑しとりますんじゃ。それで、
被害者のいちばんの近親者として、あなたのお話をうかがいたいと……こういうわけで、
いまちょっと木村君のことばがすぎたようだが、それはまあ気になさらんで。……あなた
も村長として、この忌まわしい事件が一日も早く解決するように、ご協力願いたいんだ
が……」
「いや、警部さん、あんたみたいにそうおだやかにいわれれば話もわかるが、このひとみ
たいにのっけから、犯人あつかいにされちゃあ……なんぼなんでも腹にすえかねるという
もんじゃ。で、ききたいというのは……?」
「まず第一に、あなたが奥さんの失しつ踪そうに、はじめて気がつかれたのは……?」
「隣村の祭りの晩のことじゃったな。十二時ごろうちへかえってみて、てっきり家出をし
たなと思うた」
「それはまたどういう理由で……?」
「どういう理由て、簞たん笥すのなかがかきまわしてあり、現金を洗いざらい持っていか
れたら、どないな阿あ房ほうでも家出をしたなと気がつくじゃろうが」
「しかし、わたしがはじめて奥さんことを聞いたときには、あなた大阪へ行ってるといわ
れたようだったがな」
村長は横おう柄へいな眼でギロリと磯川警部の顔をにらむと、
「いや、そのときはそう思うていたんじゃ。あれには大阪にひとり姉がいるんで、そこへ
行ってるとばかり思うていた。ところが……」
「ところが……?」
「四日の朝、わしはその姉のところへ問い合わせ状を出したんじゃが、その返事が今日、
つまり八日の朝とどいたところをみると、あっちのほうへは姿を見せんという。それでわ
しもだんだん不安になってきた。ほかにあれのたよって行きそうなところも思いあたらん
のでな。しかし、まさか殺されていようなどとは……」
村長もちょっと息をのんだ。
「ところで、三日の晩のあなたの行動を、もうすこし詳しくおうかがいしたいんですが
な。なにもあなたを疑うてのうえのことではないが、こういうことは万事きちんとしてお
きませんとな。なんでも三日の晩、今夜はゆっくりしていくと、腰をすえて飲んでいたの
が、十一時半ごろになって、突然、むこうの村長がひきとめるのもきかないで、急にか
えってこられたそうですな。そのとき、血相がかわっていたというが……」
村長はまたギロリと警部の顔をにらむと、
「それゃ大いに血相もかわろうわい。これじゃもの」
と、憤然たる色をみせて、警部のまえへたたきつけたのは、しわくちゃになった一枚の
紙。警部がしわをのばしているのを、金田一耕助がそばからのぞいてみると、漉すきなお
しの粗悪な紙に、金釘流でこんなことが書いてある。
町内で知らぬは亭主ばかりなりというのはおまえのことじゃ。おのがかかあが間男して
るのも知らないで、村長づらもおこがましい。今夜もおまえの留守中に、間男ひっぱりこ
んで楽しんでいるのを知らないか。
阿房村長どの
磯川警部ははっと金田一耕助と顔見合わせた。
「これをどこで……?」
「むこうで酒をごちそうになりながら、青年団の余興を見ているとき、なにげなくポケッ
トに手を入れると、それが出てきたんじゃ。わしはつまらん中傷など気にする男ではな
い。しかし、今夜げんに男をひっぱりこんでるちゅうからには、相当の根拠があると思わ
ねばならん。わしも村長の体面上、妻がそのような不ふ埒らちをはたらいているとあって
は捨ててはおけん。なにはともあれ、実否をただそうとかえったところが……」
「奥さんがいらっしゃらなかったというわけですね」
と、金田一耕助が横合いから口を出した。村長はうさん臭そうな眼つきをして、耕助の
もじゃもじゃ頭をにらみつけると、
「そう、おらなんだんじゃ。しかもふだん着がぬぎすててあり、金が洗いざらいのうなっ
ている。そのとき、わしはてっきり情夫と駆け落ちしたものと思うたが、つぎの日になっ
てみると、男で村からいなくなったもんはひとりもおらん。そこでさっきもいうたとお
り、大阪の姉のところへ手紙を書いたんじゃが……」
「おたく、奉公人は……?」
「女中がひとりいることはいるが、三日の晩はやっぱり隣村の祭りへ行っとったんじゃ
な。家内は都会のもんじゃけん、村祭りなど興味がないちゅうて、自分のかわりに女中を
出してやりよったんじゃが、それもいまから考えると、情夫に会うためじゃったかもしれ
ん。それはともかく、そうしているうちに、由紀子のことで、騒ぎがだんだん大きゅう
なってきたので、家内のことは二のつぎになってしもうたんじゃ」
「なんぼ二のつぎになったちゅうても、奥さんのことでもう少し、手の打ちようがありそ
うなもんじゃないかな」
刑事のひとりが、ひとりごとのようにつぶやくのへ、村長は憤然たる眼をむけて、
「それじゃあ聞くがな。いったいどういう手が打てるんじゃな。ひとりひとり男をつかま
えて、おまえおれのかかあと間男しとったんとちがうかと、いちいち聞かれもせんじゃ
ろ。村長の体面もある。かかあに逃げられたらしいなどとはいえんじゃないか。まさか、
殺されてるとは夢にも知らなんだもんじゃけんな」
「ところで村長さん、あなたは奥さんの情夫というのに心当たりはありませんか」
村長はまたギロリと耕助の顔をにらんで、
「ないな。いや、たとえあったとしたところで、証拠もないのにそういうこと、軽々に口
にすべきことじゃないだろう。あんたがどういうひとかわしゃ知らんが……」
「あっはっは、いや、これは恐れ入りました」
金田一耕助はペコリと頭をさげると、
「それじゃ、警部さん、あなたからお尋ねになってください。奥さんにそういうみそかご
とがあることを、村長さん、まえから気がついておられたかどうかということ。……」
「いや、まえから気がついていたら、こういう手紙を発見したとき、あんなに狼ろう狽ば
いしたりしやあせん」
「いや、どうも直接お答えくださいましてありがとうございます。すると知らぬは亭主ば
かりなりで、それまで全然気がついてはいられなかったが、こういう手紙をごらんになる
と、あるいは……と、いう気になられたんですね」
「まあ、そういうて言えんことはない。秋子というのがな、ひと筋縄でいく女じゃない。
表面はしおらしそうにしているが、なかなかもってすごい女じゃからな」
「すごいとは……? どういう意味で……?」
「そんなことが言えるかい。わっはっは!」
村長は腹をかかえて豪傑笑いをしてみせたが、その笑い声にはなにかしら、むなしいひ
びきがこもっていた。
「いや、どうも失礼しました」
金田一耕助はまたペコリと、もじゃもじゃ頭をひとつさげて、
「それでは最後にもうひとつだけ。……この手紙の筆者ですがね、あなたにだれか心当た
りでも……」
「そんなことおれが知るもんか。それを調べるのが君たちの役目じゃないか。なんのため
に国民は高い税金をはろうとるんじゃ」
それだけいうと志賀恭平はむっくりと立ちあがり、警部のことばも待たずにすたすたと
部屋から出ていった。およそかわいげのない男である。
「畜生ッ、いやなやつ」
木村刑事がいまいましそうに舌打ちして、
「ねえ、警部さん、あいつがやったんじゃないんですかねえ。細君が姦かん通つうしてい
ると知ってかあっとして……」
「しかし、木村君、それじゃ由紀子のほうはどうなるのかな。村長はなぜ由紀子を殺さね
ばならんのじゃい」
「だからさ、警部さん、由紀子の事件とこの事件は別なんですぜ。それをひとつにして考
えるからむつかしくなるんでさあ」
「どちらにしても、木村さん、村長夫人が姦通していたとすれば相手があるはずだから、
それをよく調べてごらんになるんですね」
そこへまたKから死骸を受け取りに、自動車がやってきたので、金田一耕助と磯川警部
はそれに同乗してひきあげることになった。
こうしてふたりは二日つづけて、死体と合乗りということになった。