「つまり君は殺人のアリバイを犠牲にしてまで、村長の奥さんとの関係のほうのアリバイ
を、つくりあげようとしたわけですね。ところで、きみはすぐそのとき、死体を湖水へし
ずめに行ったの?」
「いえ、そうたびたび小屋をあけるわけにはいきませんし、舟で行ったり来たりしてるの
をもしひとに見つかると怪しまれますけん、一時死体は舟のなかへかくしておいて、それ
から米搗きをつづけたんです」
金田一耕助は興味ふかい眼で浩一郎を見まもりながら、
「それじゃ、九十郎が小屋をのぞいたときには、死体はまだ舟のなかにあったわけです
ね」
「はあ、あのときは、ぼく、まったくどうしようかと思いました。もし、舟のなかの死体
を見つかったら……と、そう思うと生きたそらもなかったんです」
「九十郎とはどんな話をしたんですか」
「いいえ、べつに……祭りがにぎやかだったとか、そんな話でした」
「あの男はめったにひとと口をきかんそうだが……」
「ええ、しかし、ぼくにはわりあいに話をするんです。それにあの晩は酒をのんでいたの
で、あのひとにしては上きげんのようでしたけん」
「なるほど、なるほど、それから……?」
「はあ、それから……さいわい九十郎さんもなんにも気がつかずに行ってしもうたので、
一時ごろ米を搗きおわると、石いし臼うすをいっしょに舟につみこみ、荒縄で死体に結び
つけて、かえる途中で湖水へしずめてしもうたんです」
浩一郎はまた額にじっとり汗をにじませて、はげしく身ぶるいをすると、
「いまから考えると、どうしてあんなむちゃなことができたもんかと思いますが、そのと
きは一生懸命でした。はあ、あの帯は半分解けておりましたので、結びなおしてやったん
ですが、男のことですからうまく結べませんで……下げ駄たはあのときどうしたのか、い
までも思い出すことができません」
浩一郎はそこでことばをきると、張りつめた気がゆるんだのか、眼に涙をにじませ、
がっくり肩をおとしてうなだれた。
金田一耕助がそばからはげますように、
「しっかりしたまえ。もう少しのところだ。きみは由紀子さんが殺されているのを見たと
き、それをだれのしわざだと思った? とっさになにか頭脳あたまにうかんだことはな
かった?」
「はあ、それはもちろん奥さんのしわざだと思いました。奥さんがみずから手をくだした
んではないにしても、だれかにやらせて、ぼくに罪をきせようとしているんだ。それが、
あのひとの復ふく讐しゆうなんだとそう思うたんです。それだけに相手の手にのってはな
らんと、あんな大それたことをやったんですが、きのう奥さんも殺されてるときいてびっ
くりしてしもうて……」
「奥さんがだれかにやらせたとするとだれに……?」
磯川警部がそばから尋ねた。
「いえ、いえ、それはぼくみたいなもんにはわかりません。しかし、いかにもそんなこと
しそうな、怖いひとでした」
浩一郎はいまさらのように秋子の恐ろしさを思い出したのか、額につめたい汗をうかべ
て身ぶるいをする。
「ところで、浩一郎君、きみはまえから由紀子さんの義眼に気がついてましたか」
「いいえ、全然知らなんだんです。だからあのときも生きた眼玉をくりぬかれたんだと思
うて、ぞうっとしたんです。しかし、よくよく見ると血が少しもついておりません。それ
ではじめて義眼をはめてたんだということに気がついたんです。そういえばまえから少
し、左の眼がおかしいと思うとりましたけん」
「そのへんに義眼はなかったんですね」
「いいえ、そんなもん残しといたらたいへんですから、ずいぶん探したんですが、どこに
も見えなんだんです」