金田一耕助は相手の顔色などおかまいなしに、
「さて、義眼を抜きとると、きみは死体をそのままにしてそこをとび出し、村長の家へし
のんでいった。そして逢あい曳びきをすませた村のロメオが立ちさるのを待ってなかへと
びこみ、おそらくこんな言葉で奥さんをだましたんだろう。村長があんたと浩一郎の関係
を知って、烈火のごとく怒っていまかえってくる。一時どこかへ身をかくしなさいと。
……そして奥さんが支度をするのを待って、間道のほうへ案内し、ほどよいところで絞め
殺して、赤土穴のなかへ死体を押しこんだ。そのとききみは義眼をもっていることに気が
ついて、穴を掘って埋めておいた。……村長の奥さんを殺したのは、文ふみ使づかいをし
たことが暴ばれ、それからひいて疑いを招くことを恐れたからだね。恐ろしい男だよ、き
みは……」
九十郎の額から吹きだす汗は、いまはもう滝となって流れおちる。しかし、手錠をはめ
られたかれには、それをぬぐうこともできないのである。虚脱の表情もしだいにうすれ
て、凶暴な憎しみの色がひろがってくる。
「ところで、その晩のきみの仕事は、まだまだ、それだけではすまなかった。それから隣
村へとんでいくと、村長のポケットに、秋子浩一郎の仲を書いた密告状をほうりこんでお
いた。村長を怒らせることによって、事件をできるだけ紛糾させようというんだね。これ
ですっかり仕事もおわったので、はじめてゆっくり振舞酒にあずかり、さて、いまごろは
どんな騒ぎになってるだろうと、舌なめずりをしながらかえってくると、あにはからん
や、浩一郎は平然として米を搗ついている。さすがのきみもそのときは、狐につままれた
ような気持ちだったろうが、そこは利口なきみのことだから、ひそかに成り行きを静観し
ているうちに、なんという不思議なめぐりあわせか、浩一郎が湖水にしずめた由紀子の死
体が、翌晩の大夕立でうかびあがって、ところもあろうにきみんちのまえの崖がけ下した
に流れよったのだ」
金田一耕助は嫌けん悪おにみちた眼で、醜悪な九十郎の顔を見ながら、
「きみは狡こう猾かつな男だね、ぼくもいままで多くの犯罪者をあつかってきたが、きみ
みたいに狡猾なやつに出会ったのははじめてだよ。きみはその死体にたいして、けがらわ
しい欲望を感じたのかもしれぬ。しかし、それよりもきみの狡猾さがあのようなことをさ
せたのだ。きみはそっちのほうの罪、あのけがらわしい罪状で、まず挙げられておこうと
考えたのだ。つまりその罪状の煙幕のかげにかくれて、殺人の容疑からのがれようとここ
ろみたんだ。それについては、きみには大きな安心もあった。凶行と死体発見とのあいだ
に、浩一郎があのような小刀細工を弄ろうしているんだから、いざとなったらそっちへ疑
いがいくだろう。そのうえに死体から抜きとっておいた手紙や紙入れもある。それによっ
て康雄に疑いをむけることもできる。……そこできみは大胆にも、あんな浅ましいことを
やってのけたんだが、そこできみは大失態を演じたんだね」
金田一耕助はにやりとわらうと、
「実際は敗戦ボケでもなんでもないきみは、ふつう人の審美眼をもっていたんだね。そう
いうきみにとっては、いかになんでも片眼くりぬかれたあの顔にはがまんができかねた。
実際、あれはお岩様みたいに醜悪だったからね。そこで、まえの晩、埋めておいた義眼を
掘りだしに行ったんだが、きみが大失態を演じたというのはそこのところだ」
金田一耕助が思わせぶりに口をつぐむと、九十郎はなにかいいかけたが、すぐ気がつい
たように沈黙する。しかし、それでもその眼は物問いたげに、金田一耕助を見まもってい
る。
「義眼を掘りだしに行ったとき、きみはついでに木の枝や枯れ草をあつめて死体をおおう
ておいたね。なぜそんな馬鹿なまねをやらかしたのかね、きみみたいな利口なひとが……
村長夫人が殺されたのは、あらゆる角度からみて三日の晩ということになっているんだ。
ところがそのときは、三週間も日照りがつづいて、草も木も乾ききっていたはずなんだ
ぜ。ところが、死体をおおうていた木や草は、ぐっしょりと水にぬれていた。……と、い
うことは四日の晩の大夕立ののちに、ふたたび犯人がやってきたことを意味している。で
は、なんのためにやってきたのか、草や木で死体をおおう、ただそれだけのためか。どう
もそうは思われないね。もっとほかにさしせまった用事があったのではないか。……そう
思って赤土穴をさがしているうちに、ぼくは義眼が埋めてあったらしい跡を発見したん
だ。ねえ、きみ、九十郎君、きみはなぜ義眼を掘りだしたあとの土を、よくくずしておか
なかったんだね。あれはふつうの土ではないよ。粘りけのある赤土なんだ。鋳型のように
くっきりと、義眼の跡がのこっていたぜ。そのとたん、ぼくは勝利のラッパが耳の底で、
鳴りわたるのを聞いたね。犯人はいったん埋めた義眼を大夕立のあとで掘りだしにきた。
では、いったん埋めた義眼がなぜまた必要になってきたか。……きみ、西洋にこういうこ
とばがあるのを知ってるか。栓せんを必要とするものは、その栓のしっくり合う容器の持
ち主だってことね。この場合、由紀子の義眼という栓を必要とした犯人は、すなわち、そ
の義眼のしっくり合う、由紀子という容器の持ち主なんだ。そして、それはきみ、九十郎
君じゃないか」
そこで金田一耕助は、ごくりとつばをのみ、なにかしら照れくさそうな表情で、磯川警
部の横顔にちらりと眼をやり、それからエヘンと咳せきをして、九十郎のほうへむきな
おった。
「ねえ、九十郎君。こうしてぼくはきみが犯人であることを知った。そこできみのう
ち……と、いうより小屋へ行ってみたんだ。そして、きみの知恵になり、ぼくがきみなら
どこへ義眼をかくしておくだろうと考えてみた。そして、結局、それほど大した苦労もせ
ずに発見することができたんだ。見たまえ、これを……」
だしぬけに、ぱっと開いてみせた金田一耕助の掌たなごころには、黒い瞳をもつ二重貝 分享到: