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蜃気楼島の情熱 二(1)_人面瘡(人面疮)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335

 久保銀造はそこへ入ってきた男の服装をみると、おやというふうに眼を見張って、

「どうしたのそれ、ちかごろ君はいつでもそんな服装をしてるの?」

「あっはっは、馬鹿なことを。……なんぼぼくがこちらかぶれになったからって、紋付き

の羽は織おり袴はかまをふだん着にしちゃたいへんだ。いや、失礼しました」

「いや、どうも、はじめまして……」

 金田一耕助もおどろいたのだが、その男、黒紋付きの羽織袴に白足袋をはいて、手に白

扇を持っている。年齢は銀造とおっつかっつというところだろうが、色白の好男子なので

五つ六つ若く見える。八字ひげをぴいんと生やして、七三にわけた髪もまだくろい。

 これがいま話題になっている志し賀が泰たい三ぞうという人物なのである。

「どうだい? こうしてるとちょっとした男前だろう」

「まったくだ。静しず子こさんの惚ほれるのも無理はないな」

「いや、ありがとう。そのとおり、そのとおりだ」

 志賀は扇を使いながら、子供のようによろこんでいる。

「しかし、どうしたんだ。その服装は……?」

「いや、それについてちょっとお詫わびにあがったんだが、親戚のうちに不幸があって

ね、今夜がそのお通つ夜やなんだ。いま、そっちへ出向くとちゅうなんだが……」

「おや、それはそれは……親戚というとお医者さんをしている村むら松まつさん?」

「ああ、そう、ぼくの親戚といえばあそこしかないからね。そこの次男の滋しげるという

のが亡くなって、今夜がそのお通夜なんです」

「ああ、そう、それはいけなかったね」

「そういうわけで、これからすぐにあなたがたを御案内するというわけにはいかなくなっ

たんだが、お通夜といったところで、どうせ半通夜で、十二時ごろにはお開きになるそう

だから、その時分お迎えにあがります。それまで待ってください」

「いや、そんな無理はしなくても……そういうわけなら今度はご遠慮しようか」

「それはいけませんよ、久保さん、あなたはともかく金田一先生はわざわざ東京からい

らっしたんだから、是非見ていってください。ねえ、金田一先生、よろしいでしょう」

 八字ひげなんか生はやして鹿しか爪つめらしいが、ものねだりするようなそういう口の

ききかたには、子供のような無邪気さがある。

「はあ、ぼくはぜひ見せていただきたいと思ってるんですが……」

「そうれ、ごらん、久保君、このかたのほうがあんたなんかよりよっぽど同情があるぜ。

あっはっは」

 眼尻に皺しわをよせてうれしそうにわらっている。

「なにしろ御自慢のおうちだからね」

「そうですとも、それからもうひとつ御自慢のものをね、ぜひ見ていただかなくちゃ

……」

「もうひとつ御自慢のもの……? それ、なんだっけ?」

「あれ、いやだなあ、久保さんたら、それをわしの口からいわせるんですか。そりゃ、い

えというならいくらでもいうが……あっはっは」

 いくらか赧あかくなった顔を、白扇でばたばた煽あおいでいる。

「あっはっは、そうか、そうか、御自慢の奥さんを忘れてちゃ申し訳ない。ところで、今

夜、奥さんも御一緒……?」

「ところがね、久保さん」

 と、志賀は亀の子のように首をちぢめて、

「静子はちかごろ体のぐあいが悪いといって、寝たり起きたりしてるんだ。それで、今夜

もおいてきたがね」

「ああ、そりゃ、心配だね」

「どうして? 何も心配なことないじゃないか。そりゃまあ、おれもはじめてだから、心

配なことは心配だが、それよりうれしいほうがさきでね。あっはっは」

「ああ、そうか」

 銀造ははじめて気がついたように、

「そうか、そうか、それはお目出度う。そうすると志賀泰三先生、いよいよ万々歳だね」

「あっはっは、ありがとう。おれ、それをはじめて聞いたとき、あんまりうれしいもんだ

から、静子のやつを抱きしめて、そこらじゅうキッスをしてやった。あっはっは」

 あんまり露骨なよろこびの表現に、金田一耕助はクスクス笑う。

 志賀もさすがに、照れたのか、血色のよい頰っぺたをつるりと撫なであげると、

「いや、どうも御免なさい。なにしろアメリカ育ちのガサツもんですから、つい、お里が

出ましたね。あっはっは」

「いや、わたしこそ。……そうすると、志賀さんはお子さん、はじめてですか」

「はあ。なにしろかかあもないのに、子供出来っこありませんや」

「すると、最近まで独身でいられたんですか」

「いや、若いころ一度結婚したことがあるんですが。……相手はアメリカ人でしたがね。

それでひどい目にあって……そうそう、その話、久保君もよく知ってるんだが、お聞き

じゃありませんか」

「いいえ、どういうお話ですか。……」

「あのとき、あなたみたいな名探偵がいてくれたら、わたしも助かったんですが。……そ

れにこりたもんだから、生涯、結婚はすまいと思ったんですよ。それが、あの、静子みた

いな天使が現われたもんだから……」

 志賀はそこで、袴にはさんだ時計を出してみて、

「おや、もう出向かなきゃならないな。それじゃ、久保さん、金田一先生、わたし、

ちょっとこれから出向いてきます。十二時前後にはきっとお迎えにあがります。それまで

にさっきの話、久保さんから聞いてください。わたしもずいぶん可哀そうな男だったんで

す。じゃ、のちほど」

 志賀泰三が出ていったあとで、金田一耕助と久保銀造は、顔見合わせて笑った。なんと

なく心のあたたまる笑いであった。


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