と、桟道を指さして、
「からいらっしゃったんです。何かご用事もおありだったんでしょう。あのかたもランチ
の運転がおできになりますから。旦那様をのっけてごじぶんで運転していらっしゃったん
です」
「ああ、そう、それじゃ徹君、はじめっからお通夜がすんだら、またじぶんで送ってくる
つもりだったんだね」
「はあ、そうおっしゃってました」
「それで、徹君の乗ってきた自転車はどうしたの」
「ランチに乗っけていらっしゃいました」
「しかし、それじゃ困るじゃないか。ご主人を島まで送ってきて、こんどかえるときはど
うするつもりだったんだろう」
「いえ、それは、ゆうべひと晩泊まって、けさまた旦那といっしょに、ランチで町へおか
えりになるつもりだったんじゃないでしょうか。どうせきょうはお葬式ですから、旦那も
お出かけになるはずでしたから。あんなことさえなかったら……」
「ああ、そうか。そのとき君に運転してもらえばいいわけだね」
「はあ」
「おじさん、おじさん、この問題、狼と小羊をおなじ岸へおかないようにして、舟で川を
わたらせるあの考えものに似てるじゃありませんか。あっはっは」
対岸の町へついて村松家をきくとすぐわかった。そこはランチのつく桟橋からものの百
メートルとははなれておらず、裏の石崖の下はすぐ海である。いかにも田舎の医者らしい
門構えをなかへ入っていくと、弔問客が三々五々とむらがっており、玄関わきの受付には
喪章をつけた男がすわっている。
ふたりがそのほうへ歩いていくと、弔問客のなかから、
「あらまあ、お嬢さん、どうおしんさりましたの。そのお手……?」
と、仰山そうにたずねる女の声がきこえた。
「おっほっほ、いややわあ。会うひとごとに訊かれるんやもン。ゆうべ階段からすべり落
ちてはっと手をついたとたん挫くじいたンよ。大したことないんやけどお母さんにうんと
叱しかられたわ。お転婆やからって。あら、あの、どなた様でいらっしゃいましょうか」
と、金田一耕助と久保銀造のほうへむきなおったのは、黒っぽいスーツを着たわかい娘
で、左手を繃ほう帯たいでまいて首からつっている。これが田鶴子という娘だろう。色の
白い、大柄の、ぱっと眼につく器量だが、いかにも高慢ちきで、それでいて品がない。
「はあ、あの、ぼくたち、沖の小島の志賀さんとこに厄介になってるもんですが、ちょっ
とお父さんやお母さんのお耳に入れておきたいことがございまして……」
「ああ、そう」
と、田鶴子はうさんくさそうに、ふたりの風態をじろじろ見ていたが、
「あの、あっちゃのお姉さん……」
と、いいかけて気がついたように、あたりを見まわすと、
「少々お待ちください。いま、お父さんにいってきますから」
田鶴子はいったんなかへ入っていったが、すぐ出てきて、
「どうぞ」
と、案内されたのはむさくるしい四畳半。いかにお葬式でとりこんでいるとしても、こ
こは客を通すような部屋ではなく、どうやらふたりは村松家にとって、あまり好ましい客
ではないらしい。
金田一耕助と久保銀造は、顔見合わせてにがわらいをした。