「田鶴子、なんです。お行儀の悪い。あなたは向こうへいってらっしゃい」
村松夫人がするどい声でたしなめる。これまた良人におとらぬ見識ぶった女だが、田鶴
子はしかし頭を横にふったまま動こうとはしなかった。
「しかし、それは、ど、どういうんだろう」
「さあ、どういうんでしょうかねえ。ひょっとすると滋君の魂が、愛するひとの最期を見
とどけにいったんじゃあないでしょうかねえ」
「馬鹿なことをおっしゃい」
夫人がぴしりと極めつけるように、
「それは泰三さんがくりぬいていったにきまってますよ。滋がよっぽど憎らしかったんで
しょう。だから、義眼をつきつけて静さんを責めたあげく、嫉しつ妬とにくるって絞め殺
したんですよ。いかにもあのひとのやりそうなことだよ」
「安やす子こ、おだまり」
村松医師は夫人を叱りつけておいて、
「これのいうことを気にしないで。少し気が立ってるもんだからね。ところで何か心当た
りが……そうそう、徹もてっきり泰三君がやったことだと思いこみ、けさがた失礼なこと
を云ったそうだが、まあ、若いもんのことだから勘弁してやってくれたまえ。……強盗で
も入ったような気配は……?」
「さあ、いまのところまだはっきりとは……何しろいつごろ殺されたのか、それすらまだ
よくわからない状態ですから……」
「いや、それはすまないと思ってる。おれがいければいいんだが、何しろこの状態で……
本部のほうから誰か来たかね」
「いや、われわれが島を出るころには、まだ見えておりませんでした。検視の時刻がおく
れると、それだけ正確な死亡時刻をつきとめにくくなるので、それを心配してるんです
が……」
「いや、ごもっともで」
「でも、主人としてはいまのところ、出向けないってことくらい、あんたでもわかるで
しょう」
安子夫人の高飛車な調子である。
「いや、もう、それはごむりもございません」
それから昨夜のお通夜の話になったが、いくら故人の遺言とはいえ、あんなことを打ち
明けなければよかった。その点についてはふかく反省していると、村松医師は恐縮がった
が、夫人はそれにたいして不服らしく、
「でもねえ、あんたがたはどういうお考えかしりませんが、あたしどものような律義な性
分のものとしては、そういうことをしっていて、だまって頰冠りで通すなんてことはでき
ませんよ。どうしてもいちど打ち明けてあやまらなければ気がすみませんからね」
「それはそうでしょうねえ。奥さんのようなかたとしては……」
「それにしても、あたし泰三さんというひとを見そこないました。あのひとアメリカでさ
んざん好きなことしてきてるんでしょう。それならば静子さんが処女であろうがなかろう
が、そんなこととやかくいえた義理じゃないじゃありませんか」
「しかし、奥さん」
と、久保銀造はむっとしたように、
「なんぼなんでもじぶんの妻のお腹にいる子が、他人のタネかもしれないなどといわれ
て、激昂しない男はまあおそらくおらんでしょうねえ」
「ほっほっほ、それでお腹の子ぐるみ、殺してしまったとおっしゃるのね」
銀造は色をなしてなにかいいかけたが、金田一耕助に眼くばせされて、唇をきっとへの
字なりに結んでだまってしまった。どうせ口ではこの女にかなわない。
それでもふたりはせっかく来たのだからと、仏に線香をあげ、三時の出棺を見送って村
松家を出た。村松医師もこちらが片付いたら、できるだけはやく駆けつけるといってい
た。