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人面瘡 二(2)_人面瘡(人面疮)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 それはたしかにさっきの女、金田一耕助が廁の窓から目撃した夢中遊行の女であった。

さっきは夜目遠目でよくわからなかったが、こうしてちかくから見ると、透きとおるよう

な肌をしたなかなかの美人である。

 女の枕下には男がひとり、落着きのない、心配そうな顔色で坐すわっていた。年頃は三

十前後か、がっちりとしたよい体格をしているが、どこか神経質らしい男である。昏睡し

た女の寝顔を見まもりながら、しきりに唇をかんでいる。金田一耕助と磯川警部の姿をみ

ると、少しあとへさがって窮屈そうに頭をさげた。

 これが薬師の湯のひとリ息子で、去年の秋、シベリヤから復員してきたばかりだという

貞二君なのである。

「このご婦人は……?」

 金田一耕助が女の枕下に腰をおろして、磯川警部をふりかえると、

「ここの女中さんで松まつ代よというんだそうです」

「カルモチンをのんだんだそうですね」

 金田一耕助が貞二君のほうへむきなおると、

「はあ」

 と、貞二君はかたわらの一いつ閑かん張ばりの机のうえにあるカルモチンの箱を眼でし

めした。

 金田一耕助が手をのばしてその箱を手にとってみると、なかはすっかり空になってい

る。

「どうして自殺などはかったのかわかっていますか」

 金田一耕助が訊ねると、

「貞二君、先生にあれをお眼にかけたら……?」

 と、磯川警部がそばから注意した。

 貞二君はちょっと挑いどむような白い眼をして、磯川警部をにらんだが、やがてふてく

されたように肩をゆすって、一閑張りの机のひきだしから、一通の封筒を取りだして、突

きつけるように金田一耕助のほうへ差し出した。

 金田一耕助が手にとってみると、封筒のおもてには万年筆の女文字で、御隠居さま、若

旦那さまへと二行にわたって書いてあり、裏をかえすと松代よりとしたためてあった。か

なり上手な筆蹟だが、ところどころ文字がふるえているのは、これを書いたときの筆者の

心の動揺をしめすものだろうか。

「なかを見てもかまいませんか」

「どうぞ」

 貞二君はあいかわらず、ふてくされたような調子である。

 なかは女らしい模様入りの便箋で、そこになんの前置きもなく、いきなり、つぎのよう

な奇妙な文句が、表書きとおなじ女文字で書いてあった。

  あたしは今夜また由紀ちゃんを殺しました。由紀ちゃんを殺したのはこれで二度目で

す。病気のせいとはいえ二度も由紀ちゃんを殺すなんて、なんというわたしは恐ろしい女

でしょう。由紀ちゃんの呪のろいはせんからわたしの腋わきの下にあらわれて、日夜、わ

たしを責めさいなみます。わたしはとても生きてはおれません。いろいろお世話になりな

がら、御恩がえしもできませず、かえって御迷惑をおかけいたしますことを、じゅうじゅ

うお詫び申上げます。

松代 

   御隠居さま

   若旦那さま

 金田一耕助は眉をひそめて、注意ぶかく、二、三度その文面を読みかえしたのち、貞二

君のほうをふりかえって、

「この由紀ちゃんというのは……?」

 と、訊ねたが、貞二君が肩をそびやかしたきり答えなかったので、そばから磯川警部が

かわって答えた。

「ここにいる松代の妹だそうです」

「やはりここにいるんですか」

「はあ、この春、松代をたよってきて、そのままここの女中に住込んだんだそうです」

「この手紙には松代君が今夜、妹を殺したように書いてありますが、なにかそういう気配

でもあるんですか」

 金田一耕助が訊ねると、磯川警部も渋面をつくって、

「さあ、それがよくわからないんですね。さっき松代君がにわかに苦しみ出したので、ほ

かの女中がびっくりして貞二君を呼びにいったんだそうです。そこで貞二君が駆けつけて

くると、そういう遺書が枕下においてあった。それでいま手分けをして由紀子という女の

行方をさがしているところなんですがね」

「それじゃ、まだ行方がわからないんですね」

 金田一耕助が念を押すように貞二君のほうをふりかえると、

「はあ、まだ……とにかく家のなかにはいないようです」

 と、貞二君は吐き出すような調子であった。


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