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人面瘡 五(4)_人面瘡(人面疮)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 それ以来、薬師の湯にはいざこざが絶えなかった。お柳さまと由紀子とはことごとにい

がみあった。しかし、由紀子はお柳さまがどんなにいきり立とうと平気だった。

 いちど関係ができてしまうと、貞二君はもう由紀子に頭があがらなかった。由紀子の歓

心をかうために、貞二君は日夜きゅうきゅうたるありさまだった。貞二君をすっかり自じ

家か薬やく籠ろう中ちゆうのものにまるめこんだ由紀子は、じじつ上薬師の湯の女あるじ

としてふるまった。半身不随のお柳さまなど眼中になかった。いわんや松代においておや

である。

 いちど貞二君の嫁として予定されていた松代は、またもとの女中の地位に蹴け落おとさ

れて、妹の虐使に甘んじなければならなかった。彼女は妹にどんなに口ぎたなくののしら

れても、黙々として立働いた。

 貞二君は心中どう思っていたかわからない。あるいはお柳さまにすまない、松代に悪い

と煩はん悶もんしていたのかもしれない。しかし、貞二君のような気の弱い男は、いちど

関係ができてしまうと、女に頭のあがらないものである。

 由紀子とのあいだに夜毎展開される肉の饗宴が、貞二君の身も心もただらせ、すさま

せ、貞二君からすっかり理性をうばってしまった。どうかすると昼間から抱きあって、あ

たりはばからぬ法悦に、のたうちまわっているふたりの姿を、奉公人たちが目撃して、顔

を赤くするようなことも珍しくなかった。

 こうしてただれたふたりの関係が、一種異様な雰囲気を薬師の湯へただよわせていると

ころへ出現したのが、あの顔半面に大火傷のある田代啓吉という男である。そして、その

ことがまた局面を一変してしまったのだ。

 一週間ほどまえ、田代啓吉という火傷の男が薬師の湯へやってきたときの、由紀子のお

どろきといったらなかった。それはちょうど由紀子がはじめてここへやってきたときの、

松代のおどろきにも似ていた。

 由紀子はひどくおびえがちになり、ヒステリックになった。たまたま以前から患ってい

た眼病が悪化したことも手伝って、彼女はめったにじぶんの部屋から出なくなり、貞二君

が押しかけていっても、まえのように媚こびをたたえて迎えるようなことはなく、かえっ

てぎゃくに、剣もホロロに追いかえした。

 そのことが貞二君をいらだたせ、粗暴にし、なにかしら突発しなければやまぬような、

険悪な雲行きになっているところへ持上ったのが、昨夜の由紀子の変死事件であった。

……

「なるほど」

 と、磯川警部の長い話をききおわった金田一耕助は、考えぶかい眼付きでうなずきなが

ら、

「それで、貞二君は田代啓吉という男を疑っているんですか」

「そうです、そうです。ところがその田代にはアリバイがある……」

「いったい、その田代という男は由紀子とどういう関係があるんです。それはまだわかっ

ていないんですか」

「はあ、それはあとで訊いてみようと思ってるんですが、由紀子がああなったいまとなっ

ては、素直に泥を吐きますかね」

「ああして大火傷の跡があるところをみると、なにか空襲に関係があるんじゃないでしょ

うかねえ」

「いや、わたしもそれを考えてるんですがねえ」

「松代の婚約者だった葉山譲治という男は、三月の神戸の大空襲で死亡したということで

したねえ」

「はあ。……金田一先生はあの男を葉山譲治だとお考えですか」

「いや、いや、葉山ならば由紀子よりむしろ松代のほうがおどろくはずですからねえ」

 金田一耕助はしばらく黙って考えこんでいたが、やがてまた磯川警部のほうをふりかえ

ると、

「ときに松代の容態はどうですか。まだ話ができる状態じゃないんですか」

「はあ、けさがた意識を取りもどしましたが、まだひどく昂こう奮ふんしているものです

から……」

「ああ、そう」

 金田一耕助はそのまま黙って、庭にそそぐすすきの穂に眼をそそいでいた。

 日差しはまだ暑かったが、秋はもうそこまで忍びよってきているのである。


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