「しかし、松代君、君はどうして検屍や解剖の結果に疑問をもつんだね。由紀ちゃんの死
んだのを一時ごろだと、どうして君は考えるんだね」
「すみません。決してみなさんを信用しないというわけではないのですが……」
松代は瞳に涙をにじませると、溜息をつくように鼻をすすって、
「それじゃ、由紀ちゃんを殺したのはあたしじゃなかったのでしょうか」
と、自分で自分に語ってきかせるようなひくい、思いつめた声である。
「君じゃないね」
と、言下に磯川警部が断定した。
「げんにその時刻には君は、おれたちといっしょにいたじゃないか。おたがいにへたな俳
句をつくっていたんだ。そうだろう」
「はい」
「しかし、松代君、君はまたどうしてそんなバカな妄もう想そうをえがいたんだ。由紀
ちゃんを殺したのはじぶんだなんて……」
「はあ……」
松代はちょっと鼻白んだようにためらったが、すぐ決心をかためたように、キラキラと
涙にうるんだ眼をあげると、
「警部さんも金田一先生も聞いてください。わたしには幼いときから、とてもいやな、羞
はずかしい病気がございますの」
「羞かしい病気というと……?」
「はあ……それはこうでございます。なにかひどく心に屈託があったり、また心配ごとが
あったりいたしますと、夜眠ってからフラフラと歩きだすのでございます」
「夢遊病……と、いうやつかね」
磯川警部はおどろいたように眉まゆをつりあげて、金田一耕助をふりかえった。
しかし、ゆうべその現場を見ている耕助はべつにおどろきもせず、松代の顔を見まもっ
ている。お柳さまはあいかわらず気づかわしそうな顔色だった。
「はあ……でも、十四、五のころから、そういうこともしだいに少くなってまいりまし
て、こちらさまへまいってからは、皆さまにかわいがっていただくせいか、いちどもそう
いう経験はございませんでした」
「ああ、ちょっと……」
と、金田一耕助がさえぎって、
「そういう発作を起したときには、じぶんでもわかるもんですか」
「はあ、それがなんとなくわかるんでございますの。夢中で歩いてきても眼がさめてか
ら、なんとなくはっと思い当るようなことがございまして……そういうとき、じぶんの着
て寝たものや、手脚などを調べてみますと、その痕跡があるんですの。なにかこう、潜在
意識下かなにかに、発作を起したという記憶がのこるらしいんですの」
「なるほど、それがこちらへきてからは、そういう経験がなかったんですね」
「はあ、いちども。……ですから、わたしも忘れたつもりでいたんです。ところが、どう
でしょう、ゆうべ久しぶりにその発作が起きたらしいんでございますの。いや、起きたら
しいんじゃない、たしかに起きたんでございますの」
「それ、どうしてそうハッキリわかるんですか。やはり潜在意識下の記憶かなにか
で……」
「いいえ、ゆうべのはもっとはっきりしておりました。眼がさめたときあたしは稚ち児ご
が淵ふちのうえの、天てん狗ぐの鼻のとっさきに立っておりましたから……」
「まあ!」
と、お柳さまは怯おびえたように瞳をおののかせる。貞二君は下唇をかみしめながら、
喰いいるようにその横顔を見つめていた。