お柳さまは怯えたように眼を見張り、貞二君は下唇を強くかみ、金田一耕助と磯川警部
は顔見合せた。
「松代さん」
と、金田一耕助は膝をすすめて、
「そのときのことを話してくださいますか」
松代はいたいたしく頰ほほ笑えんで、
「はあ、なにもかもお話し申上げる約束でしたわねえ。それではお話しいたしますから、
みなさんもお聞きくださいまし」
そのとき松代がとぎれとぎれに語ったのは、つぎのようないたましい話であった。
松代と由紀子はふしぎな姉妹であった。由紀子は幼いときから、姉のものをかたっぱし
から横奪りするくせがあった。
両親がふたりになにか買いあたえると、由紀子はいつも姉のぶんまで手に入れなければ
承知しなかった。姉の持っているものはすべてよく見え、姉の幸福はすべてねたましく、
羨うらやましかった。そして、じぶんにだいじなものを横奪りされて、悲しそうな顔をし
ている姉を見るとき、由紀子はこのうえもなく幸福をかんじるらしかった。
ところが松代は松代で、妹にたいしてふしぎな罪業感をいだいていたらしい。それはじ
ぶんでも説明のつかない罪業感だった。
なにかしら、じぶんは妹にたいしてよくないことをしている。妹にたいして致命的なあ
やまちを犯している。……
考えてみるとなんの理屈もないそういう罪業感が、ものごころつく時分から松代の心を
悩ませ、だから、じぶんはその埋合せとして、妹のいうことならばどんなことでも、きい
てやらねばならぬと心にきめていた。
それがいよいよ由紀子を増長させたらしい。
福田家が没落して、神戸の葉山家へひきとられると、由紀子はひと月もたたぬうちに、
姉の婚約者を奪ってしまった。手っとりばやく彼女は譲治と肉体的関係を結んでしまった
のだ。
だから、葉山の両親が式こそすませていないが、じじつ上の夫婦として譲治と松代にあ
てがった家で、じっさいの夫婦として夜毎のいとなみをおこなっていたのは、譲治と妹の
由紀子であった。松代はひとり女中部屋で寝かされた。
譲治はもう松代に見向きもしなかった。以前かれは松代に迫って、さいごのものを要求
したことが二、三度あった。
そのとき、式もすまさないうちにそんなことをと、松代がものがたく拒絶したのが、譲
治の気にさわっていたのか、由紀子とそういう関係になると、譲治はわざと松代のまえで
妹の由紀子とふざけてみせたりした。しかも、そういうことが由紀子の趣味にも合致して
いたらしい。
由紀子には露出狂の傾向があったらしく、どうかすると譲治を誘って、わざと姉のまえ
で抱きあってみせ、あられもない痴態をみせつけることによって、よりいっそうの快楽を
むさぼっていたらしい。
そういうことが松代の心をきずつけずにはいられなかった。松代の実家も葉山の両親
も、ものがたいひとたちだったから、こんなことがわかったら、ただですむはずはなかっ
た。松代はじぶんのこともじぶんのことだが、譲治と妹のために破局のやってくるのをお
それていた。
「その心配が昂じたのでしょうか、忘れもしないあれは三月の大空襲の夜でした。あたし
はながいあいだ忘れていた夢遊病を起したのでございます。そしてただならぬ気配にはっ
と気がつくと、あたしは譲治さんと由紀ちゃんの寝室に立っていました。しかも足あし下
もとには譲治さんが血まみれになって倒れており、由紀ちゃんがこれまた血まみれになっ
て、あたしにすがりついておりました。姉さん、かんにんして……かんにんして……と、
叫びながら……」
疲労が蒼い隈くまとなって松代の眼のふちをとりまいた。唇もかさかさにかわいて色い
ろ褪あせていた。松代の眼には涙もなく、ただ痛烈な悲哀がかげのように漂うていた。
「あたしはびっくりしてじぶんの手を見ました。すると、どうでしょう、あたしの手には
肉斬り庖ぼう丁ちようが握られているではありませんか。……」
松代はのけぞるばかりにおどろいた。そして、じぶんのやったことなのかと妹に尋ね
た。