七
「御無礼はじゅうじゅう存じております。御無礼を承知のうえで立聴きしておりましたの
は、いろいろわけのあることでして……ところが立聴きが立聴きですませなくなりました
ので、こうして顔を出しましたようなわけで……」
火傷の男は顔半面、赤黒くてらてら光る頰っぺたをひきつらせて、静かに障子の外にす
わっている。貞二君は敵意のこもった眼まな差ざしで、火傷にひきつった顔をにらんでい
る。
お柳さまと松代はふしぎそうな顔色だった。
「ああ、そう」
と、磯川警部はいたって気軽な調子で、
「さあ、さあ、どうぞこちらへお入りください。じつはこちらからあんたのほうへ、出向
いていくつもりだったんですが……」
「はあ。それでは……」
と、部屋のなかへ入ってきた田代啓吉は、静かにうしろの障子をしめると、一同にかる
く頭をさげて、
「じつはいま松代さんのお話を伺っていて、これはどうしてもみなさんに、申上げておか
ねばならぬと思ったことがございましたものですから……お聞きくださるでしょうか」
「はあ、はあ、承りましょう。まあ、そこへお坐すわりください」
磯川警部がすこし膝ひざをずらして席を譲ると、
「はあ、ありがとうございます」
と、火傷の男はまたかるく頭をさげると、
「そのまえに、まずわたしの身分から申上げておかねばなりませんが、松代さん」
「はあ……」
「あなたはわたしをご存じないでしょうねえ」
「はあ、あの、いっこうに……」
と、松代は薄気味悪そうな顔色である。
「いや、あなたがご存じないのは当然ですが、じつはわたしはあなたとおなじ市のうまれ
のものなんですよ。しかも、由紀ちゃんが神戸の葉山さんのお宅へひきとられるまで、ご
く親しくご交際をねがっていたものなんです。いや、もっとざっくばらんに申上げます
と、おたがいに、まあ、なにもかも許しあっていた仲なんです」
田代にジロリと尻しり眼めに見られて、貞二君はかっと頰ほおに血がのぼったようであ
る。
「はあ、はあ、なるほど、それで……?」
貞二君がなにかいいだしそうにするのに先手をうって、磯川警部があとをうながした。
「はあ、なにしろわたしにとってははじめての女ですから、まあ、由紀ちゃんのことが忘
れられなかったわけです。ところが、そのうち由紀ちゃんは神戸のほうへひきとられてい
く。なにしろ、ああいう気性のひとですから……いや、じつは郷里にいるじぶんからいろ
いろ男と噂うわさのあったひとなんです。ご両親はご存じでしたかどうか……それで、ぼ
くとしても心配で心配でたまりません。むこうでまた男でもできやしないかと思うと、い
ても立ってもいられないわけです」
「ふむふむ、なるほど……」
「はあ……ところが情ないことにはそのじぶんぼくは徴用で、市をはなれることができな
い身分で、それだけにいっそうやきもきしていたわけです。ところが、そのうちにわたし
は肺はい浸しん潤じゆんにかかりまして……なにが仕合せになるかわからないもので、そ
のおかげでわたし徴用解除になったわけです」
「なるほど、それで君は由紀ちゃんのあとを追って神戸へいったというわけかな」
と、磯川警部は思わず膝をのりだした。金田一耕助やお柳さま、貞二君の三人も、眼ま
じろぎもせずに田代啓吉の顔を見つめている。