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人面瘡 八(2)_人面瘡(人面疮)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 それでも耳はきこえるらしく、金田一耕助と磯川警部がかけつけたとき、お柳さまは隠

居所のすぐ外を流れている谿けい流りゆうの音に耳をすましているらしかったが、その顔

にはなにかひとをゾーッとさせるような物凄い微笑がきざまれていた。

 お柳さまは金田一耕助と磯川警部の姿をみると、なにかいおうとするかのように、口を

わなわなと動かした。しかし、言葉が出ないと気がつくと、にわかに眼玉をぐるぐるはげ

しく廻転させはじめた。

「警部さん、母はなにかいいたいことがあるんじゃないでしょうか」

 お柳さまの眼の動きをみて貞二君が磯川警部のほうをふりかえった。磯川警部は金田一

耕助の顔を見た。

「ああ、そう、松代さん、あなた聞いてごらんなさい。これはあなたがいちばん適任だ。

眼の動きによってなにか判断してみましょう」

 金田一耕助の言葉に、

「はあ……」

 と、松代は涙声で答えると、お柳さまの耳に口を当てて、

「ご隠居さま、なにかおっしゃりたいことがございますか。金田一先生がご隠居さまの眼

の動きで、判断しようといってらっしゃいます」

 お柳さまは唇をつぼめて微笑をうかべると、その眼は一同の頭上をこえて押入れのほう

へむかっていった。

「先生、ご隠居さまのおっしゃりたいのは、あの押入れのなかじゃございますまいか」

「そうらしいですね。貞二君、押入れのなかを調べてみたまえ」

 貞二君は押入れの襖ふすまをひらいて、ふしぎそうになかを探していたが、とつぜん大

きな声をあげた。そして、そこに積んである蒲団のあいだから引っ張りだしたのは、派手

なお召の着物だった。

「あっ、こ、これは由紀ちゃんの着物じゃないか。帯も……長なが襦じゆ袢ばんも……」

 一同は弾かれたようにお柳さまのほうをふりかえると、凍りついたようにシーンとしず

まりかえった。お柳さまのその顔には、いかにも満足そうな微笑がうかんでいるのであ

る。

 松代と貞二君は怯おびえたように眼を見張って、大きく息を喘はずませている。

 そのときお柳さまははげしく瞬きをすると、また眼玉がぐりぐりと廻転をはじめた。松

代はその視線を追うていたが、やがて部屋のすみにある、脚のついた大きな木製の耳みみ

盥だらいに眼をとめると、

「ご隠居さま、この耳盥のことでございますか」

 お柳さまはそうだといわぬばかりに、またはげしく瞬くと、満足そうに頰笑んでみせ

た。

 金田一耕助はふしぎそうにお柳さまと、その木製の耳盥を見くらべていたが、とつぜん

あることに思いあたったらしく、はっとしたように眼を見張った。

 そして、いそいでお柳さまの耳に口をよせると、

「ご隠居さん、ご隠居さん、あなたがおっしゃりたいことを、わたしがかわってこのひと

たちに申上げてもかまいませんか」

 お柳さまはだまって金田一耕助の顔を見まもっていたが、やがて満足そうにまたたきを

した。

 金田一耕助はちょっと沈痛な顔色で、貞二君と松代のほうをふりかえると、

「貞二君、松代さん、ご隠居さんはね、由紀ちゃんを殺したのはじぶんだということをい

いたがっていらっしゃるんですよ。ご隠居さん、そうでしょうねえ」

 お柳さまは満足そうに口をつぼめてまたたいた。


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