「先生、金田一先生!」
と、貞二君は膝ひざをのりだして、
「そ、それはどういう意味なんです。腋の下に顔を出している妹というのは……?」
「いやね、貞二君、警部さんはいま思い出されたようだが、戦後こういう記事が新聞に出
たことがあるんです。あるところのお嬢さん……ちょうど松代さんくらいの年頃のお嬢さ
んなんですがね、そのひとの腋の下に原因不明のおできができた。それでお医者さんに切
開してもらったところが、人間の歯や髪の毛が出てきたんですね。そこでO大のT先生に
改めて鑑定を請うたところが、そのお嬢さん、双生児にうまれるべきひとだったんです
ね。ところが摂理の神のいたずらで、双生児のひとりがそのお嬢さんの胎内に吸収されて
いたんだそうです。それが生後二十何年かたって、歯となり髪の毛となって、お嬢さんの
体の一部から出てきたというんです。松代さんのあのおできもそれとおなじケースじゃな
いかと思うんですが、警部さん、あなたどうお思いになりますか」
「いや、そうでしょう。きっとそうです」
と、磯川警部は強くうなずいて、
「それで松代君のもっている理由のない罪業感も説明がつくわけです。松代君はじぶんの
体内に吸収されている、ふたごのきょうだいにたいして罪業感をもっていた。つまりその
きょうだいの出生をさまたげたという罪業感ですな。ところが松代君はそういう妹の存在
をしらないものだから、それがいつのまにか由紀子にふりかえられていたというわけです
な」
「それで、先生」
と、貞二君はいよいよ膝をすすめて、
「そのお嬢さん、おできを手術したお嬢さんですが、そのご経過はどうなんですか」
「いや、なんともないそうですよ。これ、珍しいケースですからね。こちらへくるまえに
T先生にお眼にかかって、そのお嬢さんについてお訊ねしてみたんです。そしたらその後
結婚して、赤ちゃんもうまれ、べつになんの異状もないそうですよ。貞二君」
「はあ」
「これ、ぼくの妄想かもしれませんが、いちどT先生に診ていただく価値があるとはお思
いになりませんか」
「先生」
と、貞二君と松代はふかく頭をたれて、
「ありがとうございます。それはぜひ」
金田一耕助はその翌日薬師の湯をたって帰京したが、それから一週間ほどして貞二君か
らていちょうな手紙がとどいた。
その文面によると、T先生に診ていただいたところ、やはり先生のお説のとおりであっ
た。そこでさっそく切開手術をしていただいたが、その結果はしごく良好である。T先生
からもいずれ医学的な報告がそちらのほうへとどくはずであるが、とりあえずわたしか
ら、お礼かたがたご報告申上げるしだいである。松代の患部から出たもろもろの諸器官は
O大へ保存されることになっているが、われわれはその一部分をもらいうけ、松代の退院
を待ってあつく葬るつもりである。これによって松代の罪業感も消滅するであろうと、T
先生もいっておられる。松代からもお礼の手紙を差上げるべきであるが、まだ右手が使え
ないので失礼するが、くれぐれも先生にお礼を申上げてほしいということである云々とあ
り、さいごに十一月の上旬に結婚する予定であると結んであった。