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第三章 華麗なる殺人 一(1)
日期:2023-12-22 15:56  点击:219

第三章 華麗なる殺人

    一

 この古館辰人元伯爵の殺害事件には、いろいろ妙なところがあって、警察当局ではいま

もって、事件の真相をしっていないのである。それをしっているのは金田一耕助のほか、

ごく少数の人物だけしかいないのだが、そのことについてはおいおい筆をすすめていくと

して、ここでは表面にあらわれた事実だけを、順次拾っていくことにしよう。

 そこは名琅荘の本建築からいったん内うち塀べいを外へ出て、そうとういったところに

ある大きなスレートぶきの倉庫のなかだった。この倉庫は内塀からはそうとう遠くはなれ

ているが、外塀のすぐ内側になっていた。種人伯爵のふかい慮おもんばかりか、それとも

この目ざわりな建物をかくすためか、あたり一面生い茂った樅もみの林に目隠しされてい

て、その倉庫などもすぐそばまで近寄らなければ、その存在さえ気がつかないように心が

配られていた。

 昔は蜜み柑かんを貯蔵するために使用されていた倉庫なのである。蜜柑山のほうは戦後

名琅荘ときりはなして、財産税として物納してしまったが、倉庫のうちのひとつだけが、

地所の関係で、名琅荘の敷地の隅すみっこにのこった。

 したがって、倉庫のなかにはいまなんの貯蔵品もなく隅っこのほうに山と積まれたガラ

クタ道具や、昔のなごりの蜜柑の古箱や、堆うずたかく盛りあがったロープの束や、大き

な台秤のほかに、この倉庫をもうひとつ印象づけているのは、高いところに太い鉄骨が縦

横に渡してあり、その鉄骨のひとつから、大きな滑車がぶらさがっているのも、ここがか

つて、蜜柑の貯蔵庫だったことを物語っているのであろう。

 さて、がらんとして、いたずらにだだっ広いこの倉庫の中に、あたりに不似合いなもの

がひとつ鎮座ましましている。金田一耕助がさっき運ばれてきた黒塗り無蓋の馬車であ

る。

 馬車は倉庫の入り口にむかってすこし左側に、入り口と平行におかれているが、馬は頸

くび木きから外されてそこには見えなかった。したがって一段高くなっている、御者台の

下の車の轅ながえはむかって右側のほうに突き出しており、その轅のしたの床のうえにな

にやら妙なものがころがっている。マドロス・パイプのようである。マドロス・パイプは

まっぷたつに折れていた。

 さてむかって左側に、さっき金田一耕助の乗ってきた馬車の座席があるのだが、猩々緋

の毛氈をしいたその座席には、いまひとりの男が端然として座っている。

 その男はむかって右のほうを正視しているので、倉庫の入り口からみると右の横顔しか

見えないのだが、なにに怯えたのかその横顔は、恐ろしいほどひんまがっている。眼がん

窩かからいまにもとび出しそうなほど、大きく見開かれたその目玉は、眼のまえにある得

え体たいのしれぬ何物かの正体を、把は握あくしようとするかのように、執念ぶかい凝視

をつづけている。しかし、いまやその眼が何物をも凝視しえない、たんなるガラス体にす

ぎないことは、だれの眼にもすぐわかった。

 古館辰人伯爵といえば、かつては華か冑ちゆう界かいきっての好男子といわれ、文字ど

おり銀ぎん鞍あん白馬の貴公子でもあり、また有名な伊だ達て男おとこでもあった。その

気取り屋の伊達男の最期としては、これはまた、なんというふさわしい情景であろうか。

いついかなる場合でも、人間の死を茶化すということは慎まなければならぬ。しかし、そ

れにもかかわらず、だれかがなんとかいってみたくなるようなほど、それはいっぷう変

わった最期であった。

 古館元伯爵の辰人は、その昔自分の祖父の乗り回した馬車にのって、颯さつ爽そうとし

て三さん途ずの川とやらを渡ったらしい。

 辰人はいったいいくつになるのだろうか。昭和五年、かれの父の一人伯と継母加奈子が

この家で、惨死をとげたとき、加奈子は二十八歳、辰人は加奈子より七つ年少だったとい

うから、当時二十一歳だったはずである。それからちょうど二十年、ことし四十一歳にな

るはずだが、いかさま、いま馬車の座席に端然とすわって、もはや何物をも見ることので

きぬ水晶体を、ただいたずらに大きく見張っているそのひとは、昔でいう前厄という年ご

ろにうけとれた。


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07/06 07:00