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第三章 華麗なる殺人 一(2)
日期:2023-12-22 15:58  点击:301

 いまは恐ろしくひんまがっているけれど、端麗そのもののその容よう貌ぼうは、尊大と

いう言葉を絵にかいたようである。柄は大きなほうではない。身長は五尺四寸ぐらい。瘦

そう身しんというほどではないが、華奢で、貴公子然としたその風ふう丯ぼうは、いかに

も他から奪うことをしっていても、ひとに施すことをしらぬ旧貴族のエゴそのもののよう

に思われた。しかし、これ以上この旧貴族のことをあげつらうのは控えよう。辰人はいま

や冷たい骸むくろとなっているのだから。

 さて、この恐ろしい見世物を、凍いてつくような表情で見つめているのは、つぎのよう

な十人の男女である。

 この名琅荘のあたらしい主人であると同時に、いま眼前にいる車上の騎士から、美び貌

ぼうの妻を強奪した篠崎慎吾と、奪われた妻の倭文子。慎吾の先妻の娘陽子と、名琅荘の

ヌシといわれる老いたる糸女。それから慎吾の招待で、いま名琅荘に滞在中の天坊邦くに

武たけ元子爵、すなわち辰人にとっては母方の叔父である。さらに辰人の継母だった加奈

子の実弟柳町善衛。ほかにこれはあとでわかったのだが、慎吾の秘書の奥村弘という青年

と金田一耕助のつごう八人。

 もうふたり男と女がいたが、男のほうはもちろん金田一耕助は知っていた。さっきかれ

をここへ運んできた、もと浮浪児の混血児速水譲治と、譲治によりそうようにしてふるえ

ているのは、おそらくここの女中だろう。ただし、さっき金田一耕助を案内したお杉さん

とはちがっていて、まだ十七、八の小娘である。出目金のような眼をしているが、それが

かえって目元の涼しさとなっており、ちょっと垢あか抜ぬけのした器量だが、着物の着こ

なしのどこかにまだぴったりしないところのあるのは、目下仕込み中というところだろ

う。

 金田一耕助はそのとき、九人のひとびとの顔にうかんだそれぞれちがった表情を、たい

へん興味ぶかいものに思ったが、とつぜん、

「あっ、倭文子!」

 と、叫ぶ慎吾の声にふりかえると、脳貧血でも起こしたのか、くらくらとよろめく倭文

子の体を、慎吾ががっちり、たくましい腕で抱きとめていた。

「あなた……」

 と、夫の腕のなかで息もたえだえの倭文子の小こ面おもてのような顔が、白はく蠟ろう

を思わせるような白さなのは無理もないと思われる。

「むこうへつれてって……」

「ああ、いいよ。しかし、もう少しお待ち。おれはこの家の主人なんだからな。こんな事

件が持ち上がったのを、ほったらかしとくわけにはいかない。おまえあれを……いや、な

にも見ないほうがいいよ」

「ええ……」

 たくましい腕に抱かれて、夫の胸に顔をふせたとき、倭文子の体がひどくふるえている

のが、当然なことながら、金田一耕助にとってはまた印象的だった。

「金田一先生、どうしたものでしょうか。あの死し骸がい、あのままにしておくべきで

しょうか。それともおろしてあげたほうが……」

「ああ、いや」

 と、金田一耕助は馬車の上に眼を走らせながら、

「あれはあのままにしておいたほうがよろしいでしょう。あわてておろしたところで古館

氏は、もうだめのようですからね。それより一刻もはやく警察へこのことを……それから

いうまでもなく、お医者さんへも……」

「承知しました。奥村君、ひとつ頼む」

「はっ、承知しました」

 事務的なことになると慎吾も秘書もてきぱきしている。奥村弘があたふたと出ていこう

とするうしろから、

「奥村さん、あたしもいっしょにいくわ」

 と、陽子があとを追おうとすると、

「あなた」

 と、倭文子が夫の腕のなかで、

「あたしも奥村さんといっしょにむこうへいっちゃいけません? あたしこんなところに

いるのいやあよ」

 倭文子の声がふるえているのは、自分の捨てたまえの夫が、上からにらんでいるような

気でもするのであろうか。


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