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第三章 華麗なる殺人 三(1)
日期:2023-12-22 16:01  点击:304

 まったく、これは変な事件であった。

 だれかがここで辰人と争って、その後頭部へ強烈な一撃をくわえた。正確なことは解剖

の結果を待たなければならないが、金田一耕助の見るところでも、また森本医師の証言に

よっても、辰人はその一撃で即死したわけではなく、ただ昏倒しただけらしい。

 倉庫のなかを子細に調査点検することによって、ちょうど馬車がおいてある下のあたり

のコンクリートの床に、格闘のあとらしき埃ほこりの乱れが発見された。

 ほかにも足跡は残っていないかと調査されたが、これは捜すほうがむりだった。なにし

ろ陽子の報告によって、いっときに十人の人間が駆けつけてきて、この馬車を取り巻いた

のだから、犯人の足跡がのこっていたとしても、踏みあらされてしまっていたのはやむを

えない。

 むしろ、格闘のあとらしきものがのこっているだけでも、見つけものというべきだろ

う。しかも、それは馬車によって保護されているのである。と、いうことは犯行のあった

のは、馬車がここへ帰ってくるまえということになる。

 犯人は仕込み杖の握りの部分で、辰人に致命的ともいうべき一撃をくわえて相手を昏倒

させた。さて、そのあとでありあうロープで首を絞め、被害者を絶息にいたらしめた。

……このことは被害者の咽の喉どのまわりにのこる索条のあとと、ロープの太さがぴった

りと一致するところから、ほぼ間違いのないことと確認された。

 しかし、ここでさっき井川老刑事がもちだした、疑問が生ずるのである。

 では、なぜ犯人は被害者を死にいたらしめるのに、仕込み杖の握りをより効果的に使用

しなかったのか。いや、それよりももっと簡単な方法として、これまたさっき井川老刑事

が指摘したように、仕込み杖をぬいて被害者にトドメを刺さなかったのか。犯人は血を見

ることを恐れたのであろうか。この疑問はまだ単純なほうである。犯人はなぜ辰人の死体

を、馬車の座席に座らせておかねばならなかったのか。

 ここで、こういうことが想像されるのである。

 犯人は格闘のすえ辰人を昏倒させておいて、そのあとでロープを使用して、相手を死に

いたらしめた。そこへ馬車がかえってきた。犯人は死体とともに、一時どこかへ身を隠し

ていたのだろう。隠れる場所はいくらでもあった。この倉庫はいま、物置きがわりに使用

されているにちがいない。隅のほうに蜜柑の古箱のほかに、ガラクタ道具がいっぱい積み

あげてあることはまえにもいっておいた。

 御者はここへ馬車をひきこむと、なにも気づかずに馬を頸木から解放し、厩きゆう舎し

やのほうへつれていった。これはあとでわかったことだが、厩舎はここからかなり離れた

ところにあり、そこからではこの倉庫は見えなかった。

 さて、御者と馬とが出ていったあとで、犯人は物陰から死体を抱いて忍び出てきた。そ

して、死体を馬車の座席へすわらせておいて立ち去った。……と、これはたいへん変てこ

なことだが、そうとでも解釈しなければ、この奇怪な情景に説明のつけようがない。まさ

かあの譲治が共犯者であろうとは、金田一耕助には思えなかった。

 しかし……と、金田一耕助はモジャモジャ頭をかきまわしながら、悩ましげな眼をして

かんがえる。

 馬車が帰って来なければ、犯人は死体をどうするつもりだったのだろう。それとも馬車

が帰ってくることを、計算に入れての犯行だったのだろうか。まさか。……

 犯人が死体とともに、隠れていたらしい場所はすぐわかった。しかし、犯人の足跡まで

はわからなかった。この犯人はよほど狡こう猾かつなやつとみえて、床の埃をわざとかき

回すことによって、自分の足跡を消している。その場所から馬車までは三間くらいのもの

だろう。しかも、床の埃に死体をひきずったらしい跡がみえないところをみると、犯人が

抱いていったにちがいない。被害者は五尺四寸、体重は十四貫くらいのものだろう。三間

くらいの距離を抱いて歩くということは、大した重労働ではなかったにちがいない。

 そのときとつぜん倉庫のなかが明るくなったので、金田一耕助はびっくりしたように、

眼をショボショボさせながら、天井のほうに眼をやった。この倉庫には入口にそって平行

に、五つの電球がぶら下がっている。だれかがそれに気がついてスウィッチを入れたらし

く、あたりがにわかに明るくなった。腕時計をみると時刻はすでに六時になんなんとして

いる。西に小高い丘を抱いたこの倉庫は、すっかり暗くなっていた。


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