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第四章 譲治とタマ子 一(4)_迷路荘の惨劇(迷路庄的惨剧)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335

「君はひょっとすると、片腕の男を捜しに出たんじゃないのかね」

「金田一先生」

 あどけなくほほえむ譲治の表情にも音声にも、なんの抵抗もなさそうだった。

「はじめはぼくもそのつもりでした。だって、ダリヤの間へ入ったきり消えてしまったな

んておかしいじゃありませんか。だからそこいらにいたら、とっつかまえてやろうと思っ

たんですが、すぐ忘れちまいましたよ。ぼくいつまでもひとつことに、こだわっていられ

ない性分なんです」

 金田一耕助は眼をショボつかせながら、しばらくまじまじと譲治の顔を見ていたが、

「あ、そう、主任さん、どうぞ」

「ああ、そう。それで譲治君、君、何分くらい馬を走らせていたんだね」

「ちょうど三十分です」

「時間を計っていたのかね」

「ええ、ぼくこの腕時計で……」

 譲治は誇らしげに、左の手頸にはめた腕時計を見せびらかしながら、

「これ、オメガですぜ。オメガの夜光時計です。社長にいただいたんです。ぼく裏口から

出るとトロットで馬をやりながら、林のなかを見まわしたが、どこにも片腕の男なんか見

えなかったので、ギャロップに移ったんです。そのとき腕時計に眼をやったら……」

「何時だったい」

「三時二十分でした」

 金田一耕助が譲治とともに、正面玄関へ馬車を乗りつけたのが三時ジャスト。それから

耕助の座敷までついていって、五分ほどそこで話しこんだあと、倉庫までかえってくるの

に五分かかったとして三時十分。それから馬を頸木からはずして厩舎へつれていき、そこ

でひと息いれて鞍をおき、馬を乗り出ししばらくトロットで歩いたのち、ギャロップへ

移ったとすれば、ちょうどその時間になったであろう。

「それじゃ、君が厩舎へかえってきたのほ、五十分ということになるね」

「ええ、ぼく時間を計りながら馬を駆ってましたからね、厩舎へかえって時計を見たら、

四時十分まえでした」

「金田一先生」

 と、田原警部補は金田一耕助をふりかえり、

「先生があの事件のことを聞かれたのは……?」

「四時二十分でしたよ。陽子さんが変事をしらせてきたとき、わたし本能的に時計を見た

んです」

「それから、先生はすぐにあの倉庫へ駆けつけられたんですね」

「ええ、篠崎さんご夫婦やお糸さんといっしょにね。途中で天坊さんといっしょになりま

した。陽子さんの案内で倉庫へきてみると、柳町さんと奥村君がいました」

「そのときこの男は……?」

「そのときはいませんでした。しかし、しばらくして気がつくと、タマ子君とふたり来て

いたんです。上着は着ていなくって、上半身はメリヤスのシャツ一枚でしたね」

「譲治君」

 と、警部補は譲治にむきなおり、

「三時五十分から四時二十分まで、君はどこでなにをしていたのかね」

「ええ、だから、そのことをいまいおうとしていたんです」

 譲治はなぜかもじもじしながら、

「厩舎へかえってフジノオーの世話をしていると、そこへタマッペ……じゃなかったタマ

子ちゃんが、ビールのジョッキを持ってきてくれたんです」

「へへえ、そりゃまたどえらいサービスじゃないか。ここのうちのひと、そんなこと知っ

てるのかい」

 からかい顔に声をかけたのは井川老刑事である。狸のような顔が意地悪くわらってい

る。

「そ、そ、そんなこと、どうでもいいじゃありませんか。ジョッキの一杯やそこらで、破

産するようなうちじゃありませんからね」

「さよう、さよう、親方日の丸じゃなかった、親方篠崎産業さんだからな。おうらやまし

いご身分だ。さて、それからどうしたい」

「それから……それから……タマッペといろいろ話をしてると、倉庫のほうがなにやらガ

チャガチヤしてるんで、タマッペといっしょにきてみたんです。そしたら……」

「ちょい待ち。タマッペ嬢といったいどんな話をしていたんだい」

「そ、そんなこと、どうでもいいじゃありませんか。こんどの事件にべつに関係ないこと

だし……」

「ところが、坊や、ちょっとお聞き」

 と、井川老刑事は狸のような顔に、いよいよ意地悪そうな微笑をうかべて、

「おれさっきあの厩舎のなかを調べてきたんだが、あそこうまくできてるね」

「うまくできてるってなにが……?」

 譲治はなんとなく不安そうである。井川老刑事の意地悪そうなニヤニヤ笑いは、いよい

よ深刻になってきた。狸のような目玉をくりくりさせながら、

「ほら、壁際に棚があって、棚のうえに乾草がいっぱい積んであるだろ。おあつらえ向き

の二段ベッドさあね。デカなんてやつはどうせ根性がいやしいから、おれ二段ベッドのう

えへあがってみたのさ。そしたらちかごろだれかがそこに寝てたように、乾草にくぼみが

できてらあな。あれッ、だれがこんなところにおネンネあそばしたのかと、クンクンそこ

いらを嗅ぎまわってるてえと、ほら、乾草のなかからこんなものが出て来たぜ」

 老刑事がパッとひろげてみせた掌てのひらのなかには、この老刑事に不似合いなしろも

のがのっかっている。ピンク色の光沢をもった、薄い円型のしろものである。コンパクト

であった。


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