二
「金田一先生」
陽子の後ろ姿を見送ってから、田原警部補は探るように金田一耕助を振り返った。
「いまの質問はどういう意味です。ここの主人の体重がなにかこの事件に関係があるんで
すか」
「先生」
と、そばから膝を乗りだしたのは井川老刑事である。
「先生のおっしゃるのはあの砂袋のことじゃありませんか。あれが約二十貫ありましたか
ら……」
「あっはっは、刑事さん、ヤマカンみたいですけれどね、この家で二十貫をオーヴァして
る体重をもってるのは、篠崎さんしかなさそうですから、なにかそこに意味があるんじゃ
ないかと思ってね」
「意味とおっしゃると……?」
「いや、それはまだわたしにもわからない。だからヤマカンだと申し上げたんです」
「金田一先生」
と、井川老刑事は目玉をくりくりさせながら、
「それじゃ、それがはっきりわかったら、われわれに教えてくださいよ。かげでこそこそ
出し抜こうなんてえのはいけませんぜ」
「あっはっは、承知しました」
「金田一先生、それじゃ今度はだれを……?」
「柳町さんをお願いしたら……?」
柳町善衛はあいかわらず落ち着きはらって、静かなものごしだった。年齢は四十前後だ
ろう。ルパシカという服装はひとによっては気き障ざにみえるものだが、善衛は長年着な
れているとみえて、大きなべっ甲ぶちの眼鏡とともに板についていて、このひとに一種の
風格をあたえている。
身長は五尺六寸くらいだろう。色は浅黒いほうで、オール・バックに刈った長目の髪
は、くしゃくしゃにカールしており、ベレー帽をかぶった顔の、削そぎおとしたような頰
のあたりに、思いなしか、孤独のきびしさがしのばれる。
田原警部補はまずこんどの事件について意見をたずねたが、かれはむろん首を左右に
ふって、なにもわからない、犯人については見当もつかない旨を申し述べた。
「ところで、あなたはきのうの土曜日にこちらへ着かれたのですね」
「はあ、きのうの午後四時着の汽車できました」
「天坊さんや古館さんは……? ご主人はきのうの午前中にこられたそうですが……」
「天坊さんとは新橋でいっしょになりました。古館さんはひと汽車はやく、二時半着の汽
車でこられたそうです」
「あなたは天坊さんや古館さんもいらっしゃることをご存じでしたか」
「はあ、それはもちろん、それがこんどの集まりの主旨ですから」
「こんどの集まりの主旨と申しますと……?」
「いや、じつは明後日がこの家で死亡した、わたしの姉、加奈子の二十一回忌になるんで
すが、わたしの姉の二十一回忌は同時に古館氏の先考の二十一回忌になるわけです。そこ
で故人のごく近しい者だけが集まって、この名琅荘で法要をいとなみたいが、それについ
て下相談をしたいから、週末の休養をかねてお集まり願えないかというのが、こんどの招
待の主旨で、奥村君がわれわれの間を奔走してくれたんです。それともうひとつ、この家
も来年からホテルとしてスタートするから、この機会に名残りを惜しんでほしいと、そう
いう意味もあったのです」
「なるほど。しかし、その招待をあなたは突飛とも、唐突ともお思いになりませんでした
か。こちらの奥さんと古館さんとの関係から照らしあわせて……」
「世間体からいえばそうでしょうねえ」
と、善衛はおだやかな微笑をふくんで、
「しかし、あの三人はああいう問題ののちも昵じつ懇こんにつきあっていて……そりゃ奥
さんのほうには多少なにかおありでしょうが、篠崎さんと古館さんのあいだは、しごく円
満にいってるってことを耳にしてましたからね。それほど気にもなりませんでしたよ」
「すると、こちらの主人と被害者は、あの事件……つまり細君譲渡事件ののちも付き合っ
ていたんですか」
と、これは田原警部補のもっともな質問だった。