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第五章 フルート問答 二(2)_迷路荘の惨劇(迷路庄的惨剧)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335

「はあ、なんでも古館氏の企画した事業に篠崎さんが賛成なすって、バック・アップして

あげるとか……これはきのう汽車のなかで天坊さんにうかがったのですが……」

「なるほど。しかし、あなたご自身はいかがですか。古館さんやこちらの奥さんと顔をあ

わせるということは」

「どうしてでしょうか」

「いや、なに、気まずいところがおありじゃないかと……」

「あっはっは」

 と、善衛はわだかまりのない笑い声をあげると、

「いやに取り越し苦労をなさいますね。だけど、わたし、戦後はともかく、終戦までは

ちょくちょくあのひとたちに会ってましたよ」

「どういう機会に……?」

「だって、さきほども申し上げたとおり、古館家の先代とわたしの姉の忌日がおなじで

しょう。古館家で毎年先考の年忌を営むときには、当然、姉の法要も行われるわけです。

わたしは姉のさとの相続人ですから、いつも招待されてましたよ。ただし、戦後はあのひ

とにもそれだけの力がなくなり、また、世間一般もそういうことになおざりになってきた

ので、しぜんご無沙汰になっておりましたがね」

 善衛の調子はあいかわらず淡々としている。

 このひとは若いときから、苦汁をのむことに慣らされてきたにちがいない。姉がとつげ

ば穀つぶしとののしられ、その姉が夫の寵ちようをうければ、夫の子供から中傷されて死

にいたらしめられ、しかも自分を侮辱し、姉を誹ひ謗ぼうした男に愛人を奪われながら、

なおかつ年に一回は、姉の年忌に招待されて、その男とかつての愛人と、顔をあわさなけ

ればならなかったのだ。それはふつうの神経では耐えうるところではなく、それに耐えて

きたということは、世にも残酷な試練に耐えてきたということを意味する。こんどの招待

に応ずるくらいは平気だったかもしれない。

「いや、よくわかりました」

 納得したのかしなかったのか、田原警部補はうなずいて、

「それではこちらへお着きになってからのことをお聞かせください。四時着の汽車でこち

らへお着きになって……? それから……?」

「はあ、こちらへ落ちついたのが四時二十分か二十五分くらいでしたろうか。天坊さんと

べつべつに部屋をあてがわれて、入浴したりなんかしているうちに夕食です。女中の案内

で食堂へいって、そこではじめて篠崎さんにお眼にかかったわけです」

「古館さんや奥さんとは……?」

「戦後ははじめてでした」

「お糸というばあさんとはどうです?」

 と、横から嘴くちばしをいれたのは井川老刑事。

「姉さんがこちらにいた時分、あんたもちょくちょく遊びにきていたとか……」

「いや、それをいま申し上げようとしていたところです。いまこの家にいるひとたちのな

かで、いちばん心おきなく話せるのはあのばあさんで、終戦まえはあのひとも、東京へく

るとわたしのところへ寄ってくれましたし、わたしもちょくちょくここへ遊びにきていた

んです」

「あなた、姉さんの死後もひきつづきここへ来ていたんですか」

 と、田原警部補はちょっと気色ばんだ。


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11/28 21:39