柳町善衛が削ぎ落としたようなきびしい頰に、おだやかな微笑をふくんでいるのに反し
て、金田一耕助は赤面して、
「いや、こ、こ、これは失礼しました。遠回しに探りを入れるようなことをして……それ
じゃ率直におたずねいたしましょう。あなたがたが最初に倉庫へはいっていかれたのは、
三時八分ごろだろうと陽子さんはいってるんですが……」
「だいたいそんなところだったでしょう」
「それから……?」
「倉庫を出たところで、馬車がかえってくるのに会いました。むろん馬車は空からでした
よ。陽子さんが声をかけたようですが、わたしはちょっと離れていたので、なにをいった
のか聞こえませんでした。それから三人でこちらへかえってきて、娯楽室へ入っていった
んです。そうそう、そのまえに三人ともシャワーを浴びるというので、そこでいったん別
れたんです」
「それからフルートの演奏がはじまったんですね」
「みちみちおふたりからねだられていたもんですから。わたしがいちばんにシャワーをす
ませて娯楽室へきて、小手調べに吹いているところへ奥村君、つづいて陽子さんが入って
来られたんです」
「それから、本式に演奏がはじまったわけですか。それ、何時ごろから……?」
「金田一先生」
と、善衛は眼鏡のおくから金田一耕助の顔を見ながら、
「わたしは五時ジャストの汽車で富士駅を立つつもりでした。だから絶えず時間を気にし
ていたんですが、正式に演奏がはじまったのは三時二十分ごろでした」
金田一耕助がフルートの音をきいたのは、それより少しはやかったように思うが、あれ
は小手調べの演奏だったのだろう。
「それからたてつづけに……いや、そのかん雑談もまじえて、三曲演奏なすったわけです
ね。ところでパイプの紛失に気がつかれたのは……?」
「パイプを落としてきたことには、ここへ帰ってきてからまもなく気がついたのです。わ
たしはあれがないと落ち着かないほうで……」
「ずいぶんヘビー・スモーカーでいらっしゃいますね」
「いや、お恥ずかしい話で……わたしもなんとかよしたいと思うんですが、結局、意志が
弱いんですね」
「人間にはだれしも弱点というものがあるもんです。ときに、パイプのことは……?」
「はあ、三曲演奏したあと、いろいろ雑談をしていたんですが、わたしがなんとなくソワ
ソワしてるもんですから、陽子さんがきいてくれたんです。それでパイプの話をしたら、
そのパイプならたしかに裏門のところではくわえていた。それではあのあとで落としたん
だろうから、いっしょに捜しにいきましょうって……」
「陽子さんがいったんですか」
「パイプはぼくの生きがいだなんて、大げさなこといっちまったもんですからね」
「それで三人で捜しにいかれたんですか」
「はあ、奥村君もつきあってくれることになったんです。奥村君はぼくよりも、陽子さん
につきあいたかったのかもしれません。そうそう、娯楽室を出るとき時計を見たら、ちょ
うど四時でした。わたしが汽車の時間を気にしていたら、奥村君が自動車で送ってあげる
というもんですから。自動車なら駅まで十分というところでしょう」
「それで、まっすぐに倉庫へ入っていかれたんですか」
「とんでもない。倉庫はいちばん最後でした。裏門のあたりをまず捜してみたんですが、
どこにもないので、それじゃあの倉庫のなかじゃないかということになり、のぞいてみた
ら……」
一瞬シーンと静まりかえり、一同の視線は善衛のおもてに注がれたが、善衛の表情は
淡々として、そこにはこれという感慨もあらわれていなかった。