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第五章 フルート問答 二(6)_迷路荘の惨劇(迷路庄的惨剧)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

「そのときのあんたの気持ちはどうでしたな。ざまアみろと思ったんじゃねえんですか

い」

 毒々しい口のききかたをしたのは、むろん井川老刑事である。

「それはどういう意味ですか」

「あんたの姉さんはあの男に殺されたようなもんだ。おまけにあんたは婚約者を、あの男

に奪われている」

 善衛はきびしい凝視を老刑事にむけて、

「ああ、あなたを思い出しましたよ。昭和五年の事件のあとと、あのひとがわたしを裏

切って古館氏と結婚した当座、あなたはたびたびわたしに面会を強要なさいましたね。尾

形静馬なる人物のゆくえを知らないかって……」

「思い出していただいて光栄ですな」

「いや、あの当時あなたの熱心さ、一種の執念ともいうべき熱心さには、つくづく敬服い

たしました。もちろんわたしとしては迷惑でもあり、うるさかったことも否定しませんが

ね」

 狸刑事の狸のような眼のふちの隈くまが、サッと血の気で濃くなった。しかし、さすが

に発言はつつしんだ。

「さて、こんどああいう事件が起こってみると、古館氏殺害について、いちばん強い動機

をもっているのはわたしである。それにもかかわらずわたしには、動かしがたいアリバイ

がある。そこであなたは焦れていらっしゃるんでしょうね」

「まさにそのとおり」

「しかし、ええ……と、たしか井川さんとおっしゃいましたね」

「名前まで憶えていただいてたとは光栄千万ですな」

「しかし、ねえ、井川さん、わたしがあのひとを恨んでなんかいなかった、あのひとなん

か問題にしていなかったといえば噓になります。あの当時の苦い思い出……憎しみ、憤り

はいまも滓おりのように、わたしの心の底に沈澱しています。しかし、それならばいまま

で待つ必要はなかったんじゃありませんか。やろうと思えば戦前いくらでもチャンスが

あった。しかも……」

「しかも……?」

「いまとなっちゃあのひとを死なせたくはありませんよ。いつまでも、いつまでも生かし

ておきたいですよ」

「はてな、そりゃまたどういうわけで?」

「死なしてしまっちゃなんにもならないじゃありませんか。それよりも、いつまでもいつ

までも生かしておいて、さっきあなたのおっしゃったように、絶えず心のなかで、ざまア

みろ、ざまアみろ、ざまアみろと、叫びつづけているほうが、はるかに愉快じゃありませ

んか。あっはっは!」

 善衛ははじめて本心を吐露したが、淡々たるその口ぶりのなかに、それが淡々たる語り

くちであればあるだけ、聞くひとをして、よりいっそう慄りつ然ぜんとさせるような悲痛

な叫びが、強く一同の心を打った。

「いや、失礼しました」

 田原警部補はおだやかに頭をさげると、

「このひとの無礼を許してやってください。このおやじさんときたら、昭和五年の一件と

なると、まるで執念の鬼ですからね。ときに、柳町さん、古館氏は左腕をベルトで胴に緊

縛していましたが、あれについてあなたはどうお思いですか」

「わかりません」

 善衛はニベもなくいってから、そのあとで言葉を選ぶように付け加えた。

「古館氏はいつも他人の意表に出るようなことばかり、考えていたひとでしたね」

 田原警部補は探るように相手の顔を見ていたが、やがて金田一耕助のほうをふりかえる

と、

「金田一先生、あなたまだなにか……?」

「ああ、そう、それじゃもうひとことおたずねしたいんですが……」

「さあ、どうぞ」

「あなたはさっき二時四十分ごろ抜け穴を出られて、三時過ぎまで裏門の外の林のなかを

歩いていたとおっしゃいましたが、そのあいだにだれかにお会いになりませんでしたか」

「いいえ、べつに。わたしは裏門から相当遠くまでぶらついたんです。陽子さんと奥村君

に会うまで、だれにも会いませんでした」

「ああ、そう」

 と、金田一耕助は表情もかえずに、

「それじゃ、最後にもうひとつ……」

「はあ、どうぞ」

「きのうの夕食のあとで片腕の男の話が出たときですね。そのとき、金田一耕助という男

を招よぶつもりだというような話が出ましたか」

「いいえ、そういう話は出ませんでした。ですから、さっき現場へ先生が駆け着けてこら

れたとき、失礼ながらどういうかただろうと思っていたんです。ご高名はかねてから耳に

していたんですが……」

 さいごに田原警部補が仕込み杖を出してみせて、それがどのように使われたかを説明し

て聞かせると、善衛はいちおうおどろきの色をみせたが、それがほんとうのおどろきなの

か、それとも演技だったのかよくわからなかった。しかし、それがだれのものであるかを

しったときの善衛のおどろきはほんとうらしく思われた。

 かれは急に口数が少なくなり、黙ってシーンと考えこんだ。


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