「抜け穴のなかで社長のライターを拾ったそうじゃないか」
「ああ、そうそう、だからぼく陽子さんにいったんです。おやじさんあんなに平気そうな
顔をしてるけど、やっぱり気にしてるんですぜ、ここをこっそり、探検したらしいところ
をみるとってね」
「社長がそこを抜けたのはいつのことだろうねえ」
「いつのこととおっしゃると……?」
「いや、ひょっとすると、金曜日の夕方のことじゃないかというんだが……」
「金曜日の夕方……?」
奥村は眼をまるくして警部補の顔をみていたが、急にプッと吹きだして、
「それじゃ、片腕の男は社長じゃなかったかとおっしゃるんですか。とんでもない。うち
のおやじさんというひとは、そりゃ多少洒しや落れっ気けもありますが、そんなお芝居っ
気のあるひとじゃありませんよ。それに、そうそう、われわれがめっけたライター、きの
うの朝、こちらへくる自動車のなかで社長が使ってたのを憶えてますよ。だから、おそら
くこっちへきて、お糸さんに話をきいて、念のために調査してみたんじゃないでしょうか
ねえ」
「ああ、なるほど、それじゃ、最後にもうひとつたずねるけどね、篠崎さんはなにか古館
氏の企画した仕事を援助しようとしてるって話だが、それどういう仕事なの?」
「ああ、それ、それはちょっと……いまのところまだ申し上げかねるんです。事業上のこ
とですからね」
「ああ、いや、奥村君、事業の内容をきこうというんじゃないんだ。それ、うまくいって
たんだろうねえ。篠崎さんと古館氏とのあいだは……」
「ええ、そりゃ……おやじさんも大乗り気だったんですよ。あのひととしては奥さんのこ
とがございましょう。ですから、その償いに古館さんをなんとかしてあげよう。つまり男
にしてあげようという肚はらなんですね。うちのおやじさんてひと、世間ではいろいろい
いますけどね、あれでなかなか義理人情にあついひとですよ」
奥村弘も問題の仕込み杖をしっていた。かれが秘書になった時分、社長はその仕込み杖
を持っていたが、一昨年の暮れにピストルを手に入れてから、手放してしまったようだ
が、どこへどう始末をしたのかしらぬという答えだった。その仕込み杖が現場にあったと
聞いてから、かれも急に口が重くなったようである。
「金田一先生、あなたなにか……?」
「はあ、それじゃ奥村君、あんたタマ子という女中を憶えてない?」
それはごくさりげない切り出しかただったけれど、一同ははっとしたように奥村の顔を
みなおした。そして、
「タマ子とおっしゃると……?」
と、聞きかえした奥村の顔色の底から、なにかの真実を探りだそうとするかのように、
みないっせいに奥村のおもてに瞳ひとみをこらした。
「ほら、まえに篠崎家の本宅にいたが、お糸さんの懇望で、こちらへ引きとられている娘
さん、もうひとついうならば、そうとうひどい近眼のくせに、眼鏡をかけるのをいやがっ
てる娘なんですがね」
「ああ、あの娘……ぼちゃぼちゃっと可愛い、ちょっと出目金みたいに目玉のとびだし
た、しかし、そこがまたいっそう可愛いって娘じゃありませんか」
「ええ、ええ、その娘……」
「ああ、そうですか。あの娘、近眼なんですか。それでいて眼鏡をかけると生意気にみえ
やあしないかって、不自由を辛抱してるんですね。あっはっは、そうおっしゃれば……」
「ご存じですか」
「はあ、その娘なら一昨日の夕方、ぼくに給仕をしてくれましたよ」
けろっといいきった奥村の顔を、金田一耕助はまじまじと凝視していたが、やがてモ
ジャモジャ頭をペコリとさげると、
「いや、どうもありがとうございました。それじゃこれくらいで……」