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第六章 人間文化財 三(3)_迷路荘の惨劇(迷路庄的惨剧)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 しかし、さすがに話が辰人を殺した犯人のことにおよぶと、しらぬ、存ぜぬ、見当もつ

かぬで押しとおして、ぜったいに言葉尻をおさえられるようなヘマはやらなかった。

「それはそうと、お糸さん、この家の付近にちょくちょく、片腕の男の幽霊みたいなもの

が現れるというが、お糸さんなんどもその話を聞いてるだろうねえ」

「そりゃもう、……ずいぶん久しいことでございますからね」

「あんたはそれについてどう思ってるの?」

「それがなあ、主任さん、ちょくちょくそういうことを聞くもんですけんなあ。いっぺん

この眼で見とどけたいと思うんですけれど、ふしぎにわたしの眼には触れないんでござい

ますよ。それですから、主任さんにそういうお訊たずねをうけましても、なんとご返事申

し上げてよいやら。……でも、いちおう、警戒はしなければならんと思うてはいたんで

す。それだけにおとといの晩、タマ子がたったひとこと、片腕のお客さんじゃというてく

れたらと、それが残念でならんのですぞなあ」

 お糸さんは真顔になって、いかにも残念そうに話すのだが、それが本心なのかどうか、

お糸さんのその顔色からだけでは、金田一耕助にも判断がつきかねるのである。

「お糸さんは尾形静馬という男を、生きてるものと思うか、それとも死んでるもの

と……?」

「いいえなあ、主任さん、その質問ならあれからこっち、耳にタコができるほど聞いてる

んでございますよ。ここにおいでになるこの刑事さん……なんとおっしゃいましたかな、

あなた……?」

「井川と申しますよ、おばあちゃん」

「そうそう、井川さん、井川さん、年齢をとると、忘れっぽうなってしもうてな。この井

川さんなんかにも、さんざん疑われましてな。このかたなんか、わたしが尾形さんをどこ

かに、かくもうているようにおっしゃるんですけれど、それはもう、とんでもないことで

ございますわねえ」

「ばあさん、もうそろそろ泥を吐いたらどうかね。時代も変わったんだし、それにもうあ

の事件なら、時効にかかってるんだからな」

 井川老刑事が古狸の執念をのぞかせても、

「ほっほっほ。まだあんなことおっしゃって……わたしゃ泥を吐こうにも、吐かぬにも、

なんにもしりませんけんなあ」

 と、お糸さんは歯牙にもかけなかった。

「それじゃお糸さんにも、尾形静馬という男の生死はわからんというんだね」

「はいはい、なんべん、どなたがお聞きなさっても、答えはただひとつでございますわな

あ。わたくしにはなにもわかりませんと……」

 それが噓なのか真実なのか、そういう点にかけては老ろう獪かいである。ちょこなんと

椅子のうえに座ったまんま、まんじまんじと、一同の顔を見まわしているお糸さんは、絶

対に心の隙すきを見せなかった。

 田原警部補も匙さじを投げたように、その問題を放ほう擲てきすると、

「それはそうと、こちらのご主人と奥さん、もちろん仲がいいんだろうねえ」

「そりゃもう」

 と、お糸さんはいうもおろかといわぬばかりに口をつぼめて笑うと、

「旦那様はもとよりのこと、奥様のほうでも生まれてはじめて、男らしい男というものに

お触れになったわけでございましょうからねえ。そうそう、金田一先生」

「はあ」

「先生やなんかの眼からごらんになると、奥様のごようすが、すこし物足りないようにお

思いになるかもしれませんけれど、ああいうかた、ひとまえでは愛情の表現をできるだけ

ひかえめになさる……と、そういう習慣が、お若いときからしみこんでおいでなさって、

なかなか抜けないのですわねえ。しかし、ああいうかたにかぎっておふたりきりになる

と、情のふかい、こまやかなもので……」

 お糸さんが年がいもなく、そこでボーッと頰を染めたところをみると、その情のふかい

こまやかなところを、ときどき見ているのかもしれない。

「お糸さんはあのひとが、古館さんの奥さんだった時分からしってるんだね」

「はあ、でもここへいらしたことはほとんどございませんでしたのよ。なにしろ辰人さん

がここをおきらいになりましたからねえ。戦争中なんかも、ほら、遠えん州しゆう灘なだ

あたりへアメリカ軍が、上陸するかもしれないって噂がございましたでしょう。ですから

ここはかえって物騒だからって、軽井沢へ疎開していなさったくらいですから」

「それに反して柳町さんは、ちょくちょくここへきていたというじゃないか」

「はい、あのかたもほんとうにお気の毒なかたで……とても姉想おもいのかたでございま

したけんなあ」

「柳町さんとこちらの奥さんとのことも、お糸さんはしってるんだろうねえ」

 お糸さんは無言のまままじまじと田原警部補の顔をみていたが、やがて皮肉な薄らわら

いを、巾着のような口のはしにうかべると、

「主任さん、まさか二十年も昔のことを根にもって、柳町さんがあんなことをなすったな

んて、お考えにならないでしょうねえ。柳町さんはそういうかたではありません」

「ああ、いや、べつにそういうわけじゃないんだが……金田一先生、あなたなにかほかに

ご質問は?」

「ああ、そう、それじゃお糸さんにもうひとつおたずねしたいんだが……あの犯行の現場

になった倉庫のなかに、大きな砂袋がひとつあるんですがねえ。ご存じじゃございません

か」

「砂袋と申しますと……?」

「はあ、米俵ほどではありませんが、ちょっとこれくらいの大きさの……」

 と、金田一耕助が手で大きさを示して説明すると、

「あら、まあ、それじゃあの砂袋がまだ残っておりましたか」

「あっと、それじゃお糸さんはあの砂袋をご存じなんですね。あれ、なにに使うもんです

か」

「いえ、あれは、ほら、先月台風がまいりましたでしょう。そのとき、この上の川が切れ

ると危険だからって、農家に土ど囊のうがいくつずつか割りあてられたんでございますわ

なあ。そのときこちらへも六つほど土囊をつくってほしいというてまいりましたの。とこ

ろがこちらには農家とちがって、米俵なんてございませんでしょう。ところがさいわい、

昔、蜜柑山をもっておりましたじぶんに使った、ああいう袋がございましたもんですけ

ん、それで土囊を六つつくったのでございますのよ。それがまだ残っておりましたか」

「はあ、ひ、ひとつだけ……」

 金田一耕助はにやにや笑っている井川老刑事の、意地の悪い視線を横顔に意識しなが

ら、思わずどもって口ごもった。

「あら、まあ、それで、それがなにか……?」

「いや、いいです、いいです。ただちょっとおたずねしただけで……」

 さすがに田原警部補は笑わなかったが、井川老刑事と小山刑事がにやにや笑っているの

を、お糸さんは狐きつねにつままれたような顔をして見くらべていた。


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