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第七章 能面の女 二(4)_迷路荘の惨劇(迷路庄的惨剧)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

「しかし、天坊さんがお部屋のまえを通りかかられたとき、ベランダへ出てフランス刺繡

かなんかしておられたとか……」

「そうそう、あれは何時ごろのことだったかしら」

 田原警部補はメモに眼を落とすと、

「天坊さんは一時半ごろ、こちらのご主人や古館さんと別れて、二時半ごろご主人のとこ

ろへかえっていらっしゃいます。その間一時間ほど、邸内やお庭をぶらついていたとおっ

しゃいますが、あなたとお会いしたのは、そのあいだのことですから……」

「じゃ、二時ごろのことだったのでしょうね。それについて天坊さまはなんとおっしゃっ

てますの」

「いや、ただちょっと、お加減はどうかねとかなんとか、ほんのふたこと三こと、話した

きりで別れたといってらっしゃいますが」

 倭文子の顔がふっと曇った。ほとんど感情をおもてに出さない彼女だが、どういうもの

かこのときは、かすかなため息をもらすと、

「金田一先生」

「はあ……?」

「われわれ没落貴族というものは、ほんとに哀れなものでございますわね。あたしきょう

つくづくそれを思いました」

「と、おっしゃいますと……?」

「天坊さまのことですけれど、昔はあのかたあんなかたではなかったはずです。もっと気

位のたかい、毅き然ぜんとしたところのあるかたでございました。それがどうでしょう。

きょうはあたしに泣きつくやら、哀訴嘆願なさるやら、はては脅しにかかってこられ

て……」

「どういうことでしょうか、それ……」

 金田一耕助の声は落ち着き払っている。

「はあ、なんでも骨董のコレクションのことらしいんですの」

「そうそう、そういう話、ご主人もしていらっしゃいましたね」

「はあ、主人はなんと申しましたか存じませんが、それがあまり思わしくないらしいんで

ございます。まえにもいちど、天坊さまのお世話で手に入れた書画のなかに、いかがわし

い品がございましたそうで、主人はもうあのかたのお言葉を信用していないらしいんです

のね。ところが天坊さまにとってはこんどの取り引きが、とっても大事なことらしいんで

す。ですからあたしに取りなしてくれるよう、泣きついていらっしゃるうちはよかったん

ですが、あたしがよい加減にあしらっておりますと、急に居直ってこられて。……」

「居直るってどういうふうに……?」

「なんでも主人のやっている事業に、後ろ暗いところがある。自分はその秘密を握ってい

る。主人を生かすも殺すも自分の掌中にあるなどと、すごいことをおっしゃいますの」

「その秘密というのはどういうことですか」

「いいえ、それはおっしゃいませんでした。おっしゃってもあたしにはわかりっこござい

ませんわね。あたしもううんざりいたしまして、そんなことはあたしにおっしゃっても無

駄でございましょう。直接主人におっしゃってくださいと逃げたのでございますが、それ

がもうしつこくって……」

「それじゃ天坊さんはそうとう長く、あなたのところにいらしたんですか」

「はあ、半時間くらいはいらしたんじゃないでしょうか」

「それで、奥さんはどうなさいました?」

「どうするって、結局、逃げの一手よりほかはございませんわね。そのうち主人との会見

の時間が迫ってきたとおっしゃって、お引き取りになったんですの」

 そうすると天坊さんは二時半ちかくまで、倭文子のところで粘っていたことになる。こ

こにひとつ食い違いが出てきた。天坊さんの話によると、ほんのふたこと三こと話したき

りだといっていたが、そういうふうに時間を短縮したのは、脅迫がましい言辞を弄したこ

とを、隠蔽しておきたかったのだろうか。


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