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第八章 抜け穴の冒険 一(2)_迷路荘の惨劇(迷路庄的惨剧)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

「おや、天坊さん、あなたのお部屋はこの近くですか」

 金田一耕助が声をかけると、

「ああ、わしの部屋はすぐこの隣じゃが、こっちでごちゃごちゃ人声がするもんでな。な

るほど、なるほど。抜け穴の入り口というのはこれかな」

 このひとは遠慮とか、ひとの思惑とかいうことを知らないらしい。マントルピースのま

えにいる、井川老刑事や小山刑事を押しのけると、隠しドアの仕掛けや、ドアの奥にひら

いた暗い抜け穴をのぞいていたが、やがて金田一耕助のほうへふりむけた顔には、なにや

ら不安そうな翳かげりがあった。

「金田一君」

「はあ」

「この隣のわしの部屋はヒヤシンスの間というんじゃが、そこにもこれとそっくりのマン

トルピースが壁にとりつけてある。まさかあそこにもこのような抜け穴が……?」

「あっはっは」

 と、吹き出したのは井川老刑事である。

「お糸さん、天坊の旦那がああおっしゃる。あんたこの旦那にも抜け穴のある部屋を当て

がったのかい」

「まさか。……天坊さん、そんなに抜け穴があちらにもこちらにもあったら、このお屋

敷、それこそ蜂の巣みたいになってしまいますぞな」

「それとも、天坊さん、あなた抜け穴からやってくる、何者かに襲われるかもしれないと

いう、ご心配でもおありなんですか」

 若い小山刑事がそばからからかった。

「そうだ、そうだ、あんたひょっとしたら、片腕の怪人というのをご存じじゃないのか

な。まさかあんたが片腕の怪人とは思えんが……」

「おやじさん、そんなこというと片腕の怪人に失礼ですせ。片腕の怪人は、もっとスマー

トだったようですからね」

 このふたりの刑事の揶や揄ゆ嘲ちよう弄ろうは、いたく天坊さんの心を傷つけたらし

い。怒りのために、キューピー人形のような体をふるわせながら、ギロリとふたりをにら

んだが、無言のままチョコチョコと、ドアのほうへ歩いていく後ろから、田原警部補が気

の毒そうに、

「天坊さん、なんならお供をして、部屋の中を調査してみましょうか」

「いや、それには及ばん」

「天坊さん、念のためにマントルピースのあたりを、いちおう調査しておかれたら……」

 金田一耕助が声をかけると、

「ふむ、わしもそうするつもりじゃ」

 天坊さんの姿はそのままドアの外へ消えていったが、あとから思えば生きている天坊さ

んの姿を見たのは、これが最後になったのである。

「ところでお糸さん、この部屋の下はどうなっているんですか」

 金田一耕助がたずねると、お糸さんはちょっとドギマギとした顔色になり、

「はい、この部屋の真下は旦那さまのお部屋になっております。いまも旦那さまはそこに

いらっしゃるはずでございますけれど……」

「えっ!」

 と、井川老刑事と顔を見合わせた田原警部補は、なんとなく声をひそめて、

「それじゃ、その部屋にもこれとおなじような抜け穴が……?」

「それはそうでござんすぞな。そこが昔、先々代さまの居間になっていたところでござい

ますけんなあ。地下が危ないとみれば上へあがってこの部屋から、外へ抜け出せるように

なっておりますんぞな」

「それじゃ、この真下にもこれとおなじような暖炉があるわけですね」

 金田一耕助が念を押した。


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